↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面の花嫁を選ぶ舞踏会  作者: あずきまんま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/5

弟の船

「どこへ送るつもりなの」


リディアはミナの肩を支えた。侍女は走ってきたせいで息を切らしていたが、握っていた紙を広げる。


「港を経由して国外へ出すそうです。侯爵様の馬車係が、夜半までに東門へ来るよう命じられていました。馬車の番号と、護衛の名前も書いてあります」


配車票に記された行き先は、港町にある侯爵家の商館だった。リディアはそこを知っている。伯父が外国との取引に使う場所だ。国境を越えるまでのどこかで馬車を止めなければ、王都から弟の行方を追うのは難しくなる。


「この紙はどうしたの」


「馬車係が捨てた控えです。わたしが拾いました。盗んだわけではありません」


「ありがとう。危険なことをさせてしまったわね」


「わたしは、お嬢様が怖い顔で我慢なさるのを、もう見たくありません」


ミナは目を赤くした。リディアは紙を受け取り、エドガーへ差し出す。


「弟を連れ戻したい。今すぐに」


「配車票だけでは、どこにいるか分からない」


「伯父は学校だと言っています。でも、この商館へ送るなら、学校から連れ出す手続きが必要なはずです」


エドガーは衛兵に王都内の寄宿学校の一覧を持ってくるよう命じた。侯爵の名前で後見人登録されている生徒を探す。リディアは待つ間、胸元から焦げた手紙を取り出した。


「ノエルは三日後までに帰ると書いていました。だから、まだ学校にいると思います」


エドガーは封筒の焦げ跡を見た。


「これを侯爵が燃やしたのか」


「ええ。私が婚姻を拒むと、弟の暮らしもこうなると言って」


「それも証言する。あなたが話したことを、私は忘れない」


リディアは手紙を畳んだ。エドガーは彼女を慰めるために大丈夫だとは言わなかった。代わりに、できることを一つずつ実行している。それが頼もしかった。


衛兵が戻り、学校の名簿を差し出した。侯爵の名が後見人欄にある生徒は三人。そのうち十三歳の少年は一人だけだった。


「ノエル・エルヴェン。南門の聖ラウル寄宿学院です」


リディアは学校名を口にした。そこは母が生前、弟を通わせたいと言っていた学校だった。伯父が同じ学校を選んだことが、今は皮肉に感じられる。


「今から行けますか」


「私が部下を向かわせる。あなたは舞踏会で侯爵の注意を引いてほしい」


「弟を置いて、踊るのですか」


「救出に向かう隊員がいると知られれば、侯爵は移送を早める。あなたが会場にいれば、彼は今夜の婚姻がまだ成立すると思うだろう」


リディアは首を振りかけた。自分の知らない場所で弟が助けを待っているのに、ここに残るのは耐え難い。けれど、伯父の目を引きつける役割なら、自分にできる。


「ノエルが無事だと、必ず知らせてください」


「約束する」


エドガーは隊員を呼び、配車票を渡した。学院への確認、少年の保護、東門の馬車の確保。命令は短く、明確だった。リディアは一つも聞き逃すまいと耳を傾けた。


舞踏会の開始を告げる鐘が鳴った。


リディアが白い仮面をつけて大広間へ入ると、壁際に並んだ貴族たちが一斉に振り向いた。中央には金色の婚姻簿が置かれ、六人の花嫁候補の名前が伏せられている。王家の使者が選んだ相手と踊り、最後に本人が名前を書く。それが今夜の手順だった。


赤い仮面の女性が近づいてきた。


「あなた、侯爵様に叱られたそうね。今からでも帰ったら?」


「帰りたいと思っています」


「なら、なぜここにいるの」


「帰るために、必要なことがあるからです」


女性は意味が分からないという顔で離れた。リディアは広間の奥に立つ侯爵を見つけた。彼は王家の使者と談笑しながら、何度も婚姻簿へ視線を送っている。弟のことなど、まるで気にしていないように見えた。


最初の曲が始まった。六人の花嫁候補が順に招かれ、男性たちと踊る。リディアの相手は、侯爵と話をつけていた年配の伯爵だった。伯爵は挨拶もそこそこに、彼女の腰へ手を回した。


「グレイヴ侯爵から聞いている。お前は大人しい娘だそうだな」


「私の名前をご存じですか」


「名前など、婚姻簿に書けば分かる」


「私の意思は、必要ないのですか」


「侯爵の同意がある。何を心配する」


リディアは足を止めた。伯爵は不機嫌そうに眉を上げる。


「踊りの途中だぞ」


「申し訳ありません。でも、私はあなたと結婚しません」


「何だと」


伯爵はリディアの腕を強く引いた。周囲の踊り手が驚いて道を空ける。彼女が振りほどこうとしたとき、近衛服の男性が間に入った。


「手を離していただきたい」


エドガーだった。伯爵は相手の階級章を見て、ようやくリディアを解放した。


「隊長、これは私の花嫁だ」


「まだ婚姻は成立していません」


「侯爵が許可した」


「本人は拒否しています」


エドガーはリディアに手を差し出した。今度は支えるためではない。踊りの相手として、彼女を誘っている。


「一曲、私と踊っていただけますか」


リディアは広間の視線を感じた。侯爵は怒りを隠そうともしていない。だが、エドガーの手は彼女が選ぶまで動かなかった。


「喜んで」


リディアは自分から手を重ねた。


曲が変わり、二人は踊り始めた。エドガーは近衛の礼装で舞踏会に立つことなど滅多にないと言ったが、足運びは正確だった。リディアが緊張で一歩遅れると、彼は速度を落とす。


「私が手を取らなかったら、どうなさるつもりでしたか」


「礼をして、下がるつもりだった」


「皆が見ている前で?」


「ああ。私が誘ったのだから、断られたら私が引く」


伯爵に腕を引かれたところがまだ痛む。リディアは、曲が始まってからもエドガーがその腕に触れていないことに気づいた。


「では、私がもう一曲と言ったら?」


「喜んで。だが、今は一曲しか頼んでいない」


生真面目な返事に笑ってしまった。伯父の立っている方角へ背を向けて回るとき、リディアは自分から歩幅を広げた。彼はすぐに合わせてくれた。もう一曲踊りたいと思ったのは、本当だった。


曲が終わると、エドガーの部下が広間の入り口に現れた。彼は隊長に短く報告する。リディアには声が聞こえなかったが、エドガーの表情が険しくなった。


「どうしたのですか」


「学院に着いたとき、弟さんはもういなかった」


リディアは立ちすくんだ。


「移送されたのですか」


「馬車は東門へ向かっている。部下が追っている」


侯爵が近づいてきた。彼は二人の間に割り込み、リディアの仮面に指をかけた。


「もう遊びは終わりだ。次の鐘で、お前は署名する」


リディアは仮面を押さえ、伯父の手を払った。


「弟をどこへ連れて行ったのですか」


「さあね。お前が賢ければ、また会えるかもしれない」


エドガーが一歩踏み出したが、リディアは彼を制した。ここで伯父を殴っても、ノエルの居場所は分からない。必要なのは、伯父が弟を動かす理由を奪うことだった。


「分かりました。最後の鐘まで、ここにいます」


侯爵は勝ち誇ったように笑った。リディアは彼の顔を見ながら、婚姻簿の前に立つ自分を思い浮かべた。


そこではもう、誰の命令にも従わない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。