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数字が人格ですわ!―限界メガバンク行員、貴族令嬢に転生してもノルマから逃げられませんでした―  作者: 財務白関
第1章 地方営業編

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第4話 攻防の営業

歓迎会の翌朝。

出張所の広間は、昨夜の熱気そのままに、活気づいていた。


あれだけ飲んで騒いだというのに、商員たちは疲れを知らぬのか、皆、元気に出商している。

――一部、酒臭い者はいるが。


「昨夜は、まことにありがとうございました」


歓迎される側が、翌朝、全員へ礼を述べて回る。


宴の準備も、宴の席も、翌日も。

目配り、気配り、心配り。

前世では、当たり前の作法だった。


あたしは出商すると、真っ先に所長室へ向かって、丁重に頭を下げた。


「わたくしの一件を、いつもおまとめくださり感謝しております。それから、昨夜の余興で、所長のモノマネなど。ご無礼をお許しくださいませ」


所長が首を傾け、そこへ手を添えた。


「ダルジャン嬢さぁ……まあよいか。ご苦労だったね」


「恐れ入ります」


所長の次は、下座へ向かって、一人ずつ。


「昨夜は、ありがとうございました」


「おかげさまで、よい門出になりました」


商員たちは、はじめ戸惑っていた。

歓迎した側が、なぜ礼を言われるのか、わからぬという顔だった。


だが、丁寧に頭を下げられて、悪い気のする者はいない。

やがて皆、顔をほころばせて、あたしを労ってくれた。


「やあ、昨日の剣士様」


一人の男性商員が、にやにやと笑って呼び止めた。


「見事な剣舞だったなあ。特に、最後の締めが」


見えたぞ、とからかう気だ。

あたしは、涼しい顔で振り返った。


「あら。よいものをお目にかけられて何よりですわ」


男性商員の顔が、かっと赤くなった。


「い、いや、そういうつもりでは」


「またご覧に入れましょうか?」


「けっこうです!」


男性商員が、両手を振って慌てた。


そして最後に、あたしは最も年の近い先輩商員へ挨拶した。

昨夜、麦酒の樽を担いで走ってくれた、ジェルヴェだ。


歓迎会の費えを、ジェルヴェが立て替えてくれていた。


「ジェルヴェ卿。昨夜は、お立て替えいただき、ありがとうございました。これを」


あたしは、一枚の羊皮紙を差し出した。


「昨夜の費えの傾斜表を作りました」


ジェルヴェが羊皮紙を受け取り、首をかしげた。


「傾斜表……?」


「はい。どなたが、いくらお納めになるか。一覧にしたものにございます」


ジェルヴェの顔が、いっそう怪訝になった。


「わたしが立て替えた分は、新人以外の全員で同じ額を負担するのではないのか?」


――やば。


悪しき慣習を、持ち込んでしまったかもしれない。


飲み会の精算は、頭割りではない。

役職が上の者ほど、多く負担する。

新人は、いくらか少なく。


それが公平だと、前世で教え込まれてきた。

だが、この世界では違ったか。


いや。

引くわけには、いかない。


「ジェルヴェ卿。皆さま、実入りが違うのですから」


あたしは口元に笑みを作った。


「それ相応にご負担いただくのが、公平ではございませんか?」


ジェルヴェは、しばらく傾斜表を見つめていた。


「……確かに。言われてみれば、そうかもしれん」


ジェルヴェが、ぽつりと呟いた。


「そうであれば、いちばん実入りの多い所長が全部払ってくださればよいのにな」


「ホントそれ」


あたしの口から、うっかり素が漏れた。


「本当に、そうでございますわね。おほほ」


危ない。

令嬢の皮が剥がれるところだった。


ジェルヴェは傾斜表を卓に置き、あたしを見た。


「ダルジャン嬢。一つ、教えて欲しい」


「はい」


「お主のように、領主の館へ通っても、なかなか領主に会ってもらえん。どうすれば、会ってもらえるのだ」


あたしは少し考えた。


「それでしたら、お手紙を書いてみるのはいかがでしょう」


ジェルヴェが眉をひそめた。


「手紙? 手紙など、親しい相手に送るものだろう。初対面の領主に送るなど、失礼ではないか」


「ジェルヴェ卿。物語で、騎士様が好敵手へ決闘を申し込む手紙を送るのを、お読みになったことは?」


「……昔、読んだことがある」


「その果たし状と、同じだとお思いになればよいのですわ」


ジェルヴェの動きが止まった。


「果たし状……?」


「はい。取引の提案をしに行くのは、決闘を申し込みに行くのと同じにございます」


ジェルヴェの笑みが消えていた。


引いている。

明らかに、引いている。


「もちろん、お手紙はご自分では書かず、使用人に書かせること。それから」


あたしは、間を置いた。


「百通お送りしてから順にお訪ねになって、門が開くのは十軒あればよいほう。お取引まで至るのは、その中の一軒ですわ」


ジェルヴェの顔が引きつった。


「ひゃ……百通」


「はい。数を打てば当たる、ですわ」


ジェルヴェはそれ以上、何も言わなかった。

ただ、あたしから半歩、後ずさっただけだった。


-----


自分の席へ戻ろうとしたときだった。


「ダルジャン嬢」


所長があたしを呼んだ。

血の気の引いた顔だった。


「少し、来てくれ」


あたしは、所長の後について、奥の間へ入った。

扉が閉まると、広間の喧騒が急に遠くなった。


「面倒なことになった」


所長が声を落とした。


「返済の督促状を受け取った領主が来ておる。金を借りた覚えがない、と言い張っておってな」


あたしは少し考えた。


「どちらのご領主様でしょうか」


「ラフォン準男爵だ。小口の先だ。お主が一人で取ってきた貸付だろう」


覚えている。

先月、飛び込みで獲った小さな貸付だ。

金額が小さいからと、所長の同席を願わなかった、ただ一件でもある。


「証文を結ぶ際、わしは同席しておらん」


所長が、指で卓の縁を叩いた。


「もし、あの者の文句が通れば……お主は査問行きだぞ」


なるほど。


――手続きに不備があっても上司は守ってくれない。


前世でも見た構図だ。

組織とは、そういうものだ。


だが、負ける気はしない。


「所長。ご案じには及びません。ご同席くださいますか?」


「それはよいが……大丈夫なのか?」


あたしは答えなかった。

ただ、二枚の羊皮紙を手に取って、応接室へ向かった。


-----


応接室では、ラフォン準男爵が、いらだたしげに脚を組んでいた。


赤ら顔の恰幅のよい男だ。

あたしが入ると、じろりと睨んできた。


「わしは、借りておらぬ」


開口一番、準男爵が言った。


「借りておらぬ金を、返せと督促状が来た。どういうことか」


あたしは、一礼して席に着いた。


「こちらが、貸付証文の控えにございます」


証文を卓の上へ滑らせる。


「このご署名と印章、ラフォン準男爵閣下のものでは?」


準男爵は、ちらと証文を見た。


「似せて書いたのだろう。わしの筆跡を、誰かが真似たのだ。印章もどうとでもなる」


予想どおりの答えだった。


「少々、お待ちくださいませ」


あたしは、もう一枚の羊皮紙を、卓の上でゆっくりと広げた。


「こちらは、取引の面談記録にございます」


準男爵の眉が動いた。


「なんだ、それは」


あたしは、書かれている内容を読み上げていった。


「まず、証文にご署名をいただいた日時。その日の天気。そして場所」


指で記載をなぞる。


「閣下の館の応接室でございました」


準男爵の脚が、ほどけた。


「次に、お部屋の間取り。それから、壁に飾られていた鹿の首の剥製」


「なっ……」


「閣下は狩りがお好きだそうで」


あたしは、羊皮紙から目を上げた。


「前の月に、タリオン男爵閣下と山へお入りになった折は、兎が二羽しか獲れず散々だったと。そう、嘆いておいででしたね」


準男爵の顔から、赤みが引いていった。

まさか、茶飲み話まで羊皮紙に残っているとは思わなかっただろう。


そして、もう一つ。


「ご署名の折。お側に、閣下の従僕の方が控えておいででした」


あたしは、その名を告げた。


「ベルトラン様。お茶を運んでくださった、あの方にございます」


準男爵の肩が跳ねた。


「この面談記録にも、そのお名前を書き留めてございます。ベルトラン様をお呼びくださいませ」


あたしは、声を落とした。


「あの日、あの応接室で。閣下が、この証文にご署名なさったかどうか。ベルトラン様に確かめていただければよろしいかと」


準男爵は、答えられなかった。


ベルトランは、準男爵の従僕だ。

もし「その者は偽りを申している」と言い出せば、自分の従僕を偽証者に仕立てることになる。


「……ぐっ!」


準男爵が呻いた。


そこへ、横から所長が口を開いた。


「ラフォン準男爵閣下。これだけ具体的な記録と証人が揃っております。どうか、お引き取りを」


準男爵は、しばらく証文と面談記録を睨んでいた。


やがて椅子を蹴るように立ち上がると、一言も発せぬまま応接室を出ていった。


重い扉が閉まる。


所長が、へなへなと椅子に沈み込んだ。


「……助かった」


面談記録は、後の紛争で自分と組織を守る盾になる。

だが、この出張所で取引の場をここまで記録している者は、誰もいない。


前世でも、言った言わないの事故を起こした者を幾度も見聞きしてきた。

数字は作るものでもあるが、自分で守るものでもある。


-----


その日の午後だった。

別の領主が出張所を訪れた。


「南州信商で、借り換えをすることにした」


年二分の触れ込みに、釣られた口だろう。


借り換えとは、赤嶺銀商からの借入を、南州信商に肩代わりしてもらうことだ。

赤嶺銀商が貸した金貨は、今日そっくり戻ってくる。


取引がなくなる。

これから先の利息は入らない。

一見すれば、痛手だった。


「さようでございますか。大変、残念ではございますが」


にこやかに、むしろ手際よく。

あたしは借り換えの手続きを、さっさと済ませてしまった。


領主が拍子抜けした顔で帰っていく。


その背中を見送った後、所長が驚いた顔であたしを見た。


「あの領主は、お主が赤字先と判定していた先だな。これ以上は貸すな、早く返させよ、という区分だ」


所長が、首を傾けた。


「借り換えられても数字は引かれんが……念のため、信用冊子を見せてくれ」


信用冊子とは、その家の帳簿や信用の判定、過去の取引、稟議などを綴じたものである。


そして、首へ手が伸びた。


「待て。商いは黒字ではないか。どういうことだ。判定が誤っていたのではないか?」


あたしは静かに首を振った。


「いいえ。この判定で合っておりますわ」


「なぜだ」


「あの領主は、ご自分の土地を娘の嫁ぎ先へお貸しになっています」


あたしは、自分の帳面を開いた。


「その娘婿が、地代を払いながら、料理屋や宝飾店を次々に開いておいでです。それが、ことごとく赤字にございます」


所長が眉を寄せた。


「それは娘婿の話だろう。領主の帳簿とは、別ではないか」


そう。

この世界の者は皆、別々に見る。

領主一人を取り出せば、確かに黒字だ。


だが。


「あの領主と、娘婿。切り離して見るべきではございません。一つの体としてご覧くださいませ」


「一つの、体……?」


「はい。あの領主は可愛い娘の嫁ぎ先へ、これから先もご援助をおやめにならないでしょう。つまり」


「……嫁ぎ先からの地代が止まるばかりか、援助の出血も止まらぬか」


「はい。合算すれば、あの家の実態は赤字先にございます」


所長が息を呑んだ。


「放っておけば、赤嶺銀商への返済もいずれ滞ります。それを、南州信商が引き取ってくださるのなら」


あたしは、微笑んだ。


「貸した金貨は今日そっくり戻り、損の芽は先方へ渡せる。大助かりにございます」


前世でいう、実質同一体だ。

貸す相手は、家名ではなく、金の流れで括る。


所長は信用冊子を持ったまま、声を出さなかった。

その手だけが、わずかに震えていた。


南州信商は今ごろ、赤嶺銀商から顧客を奪ったと祝杯でも上げているだろう。

その手にあるのが、火の回った荷だとも知らずに。


あたしも、心の中で杯を掲げた。


――南州信商さん。よいお仕事をなさってくださいましたわ。


(第4話・了)

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