第十一章 白い喉 五節
五節
評定は、白い座の上で、開かれた。卓も、火も、なかった。あるのは、消えかけの、青い灯と、七つの、乾いた顔だけだった。
最初に、口を、開いたのは、ガルドだった。職人は、いちばん、冷たい役を、買って出たのだ。
「…勘定を、言うぞ。誰も、聞きたかねえだろうが、勘定の、ねえ評定は、ただの、言い合いだ」
太い指が、一本、立った。
「降りに、丸一日と、半日。座の速さから、量って、な。渠を、抜けて、地の上まで、さらに、半日。…触れの、猶予は、三日。あの灯が、擦り切れるまで、泳いで、一日は、経ってる。…**着くのは、どう転んでも、四日目だ**。戸ごとの、検めが、始まる朝だ」
二本目の指は、立てられる前に、ドレクが、遮った。
「間に合う、間に合わねえの、話じゃねえだろうが」渡り手の声は、低く、震えていた。「行くか、行かねえかの、話だ。四日目に着くなら、四日目から、戦やあいい。…なあ、嬢ちゃんよ。あんた、まさか」
キサーラは、座の縁に、立っていた。雲海を、見下ろしたまま。
「…行けば、どうなるかを、読みました」と、彼女は、言った。静かな、揺れない、あの声で。「聞いて、ください。読み違いが、あれば、正して、ください」
彼女は、指を、折らなかった。折る指の代わりに、言葉が、一つずつ、置かれていった。
「一つ。あの火は、私を、降ろすための、火です。異端の根は、私。枝を、焼けば、根が、降りてくる…あの方は、そう、読んで、焼いている。降りれば、読みの、通りになる。二つ。私が、あの人たちの前に、立てば、御使いは、まことに、なります。信心は、燃え広がり、焼くものが、増える。三つ。装備は、打ち直せます。火と、卓と、一夜が、あれば。…ですが、打ち直しても、螺旋で、素の銀、一体を、凌ぐのが、精一杯だった私たちが…**あの方には、勝てません**。誰かが、死にます。恐らく、一人では、済まない」
「…だったら、俺たちが、囮に」
「四つ」と、彼女は、続けた。ドレクの言葉に、被せて。被せねば、言い切れぬかのように。「八百と十五の名と、七つの祈りは、**私の胸にしか、ありません**。私が、落ちれば、二度と、誰にも、運べない。ディンガの民が、久しく時代を超えて、守り抜いたものが、ここで、絶えます」
「名前と、命を、秤に、載せる気か」
「載せています」と、キサーラは、言った。「今、この瞬間も。…載せて、私の秤は、**昇る**と、言っています。送りの間は、あと、二つ先の階。届けて、降りて…それでも、四日目の夕には、地の上に、立てる。降りるより、二日、遅い。…その、二日で」
そこで、初めて、声が、僅かに、細くなった。細くなって、それでも、彼女は、言い切った。
「…その二日で、焼かれる人が、います。烙印を、増やす人が、います。…それを、識った上で、申し上げます。**昇ります**」
沈黙が、白い喉に、満ちた。
破ったのは、ドレクだった。彼は、立ち上がっていた。
「…見殺しって、言うんだぜ、それは」
誰も、否と、言わなかった。キサーラも、言わなかった。それが、いちばん、ドレクを、打ちのめしたようだった。彼は、拳を、握り、開き、また、握り、それから、座の反対の縁へ、歩いて行って、雲海に、背を、向けて、座り込んだ。
「…なら、教えろ」と、背中のまま、彼は、言った。「祈りを。俺が、座を、降ろす。あんたは、昇れ。俺と、狼とで、降りて…」
「…験してみるかの」
ジャベだった。翁は、キサーラに、頷いてみせた。彼女は、一拍、置いてから、第六の祈りの、最初の一句だけを、ゆっくりと、唱えて、聞かせた。ドレクが、振り向き、それを、繰り返した。渡り手の耳は、良い。声も、通る。一語も、間違えなかった…**はずだった**。座の縁の七つの印は、一つも、灯らなかった。ドレクは、もう一度、唱えた。三度、唱えた。印は、暗いままだった。
「…角が、丸いのじゃよ」と、ジャベが、静かに、言った。「音と、音との、切れ目が、な。儂らの耳には、同じに、聞こえる。…道の耳には、違うて、聞こえる。ナイラは、二十年、量りで、耳を、研いだ女じゃった。一晩で、なる業では、ない。…この道はな、渡り手さん。**正確さに、しか、開かんのじゃ**」
ドレクは、三度目の灯らぬ印を、視つめ、それから、罵り言葉を、一つ、呑み込んで、黙った。道そのものが、割れる手を、許さなかった。
「…一つだけ、訊かせてください」
セレナだった。精靈読みは、消えかけの灯を、看ながら、顔を、上げずに、問うた。
「もし…あなたが、独りで、降りて、あの方の前に、立てば。…火は、止まりますか」
最も、深い問いだった。根を、差し出せば、枝は、焼かれずに、済むのか。キサーラは、目を、閉じた。読んだ。あの、螺旋のように、正確な手順の男を。火は物に、烙印は人に、命は裁きの後に、一段も飛ばさぬ男を。
「…止まらない、と、読みます」と、彼女は、言った。「あの方の火は、私を、獲るための火である前に…**ご自身の疑いを、焼くための火**です。根を、手に入れても、疑いは、残る。残るかぎり、焼き続ける。…ですが」
目を、開けた。
「…**確かでは、ありません**。この読みだけは。…確かでないまま、私は、昇るほうに、賭けます」
庇いは、なかった。言い訳も、なかった。ただ、勘定と、読みと、賭けが、卓の上に、裸で、置かれた。ジャベが、長い息を、吐いた。
「…娘御。儂は、お前さんの選びを、正しい、とも、赦せる、とも、言わんぞ」
翁の、しわがれた声は、それでも、穏やかだった。
「掟の一行目も、二行目も、この夜のためには、書かれておらん。渇く者の、ものであるはずの水を、どちらへ、注いでも、誰かが、渇いて、死ぬ。…**掟は、こういう夜のためには、無いのじゃ**。あるのはただ…選んだ者の隣で、共に、渇いてやる者だけよ。…儂は、隣に、おる。それだけは、言うておく」
キサーラは、深く、頭を、下げた。それから、座の中央に、立ち、第六の祈りを、唱えた。一語も、違えず。角の丸まらぬ音で。七つの印が、順に、灯り、座は、静かに、昇り始めた。
誰も、もう、口を、きかなかった。
ロウは、耳を、伏せたまま、雲海の側を、視ていた。ガルドは、革袋の眠った鱗を、意味もなく、検めていた。ドレクは、背を、向けたままだった。そして、ミラは…。
ミラは、その夜、初めて、キサーラから、離れて、眠った。
責める言葉は、一つも、なかった。手を、取らなかった。ただ、それだけだった。それだけのことが、白い喉の、どの静けさよりも、深く、キサーラの内に、降り積もった。彼女は、独り、座の縁で、膝を、抱え、掌の中の消えかけの青い灯に、おのれの、僅かな温みを、分けながら、眠らずに、夜…夜と、呼ぶしかない、白い刻…を、明かした。
座は、昇った。
雲海の遥か下で、彼女の撒いた火が、燃えているのだった。




