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第六章 乾いた海 八節

挿絵(By みてみん)


八節


 崩れぬ尾根(おね)を。一行は、上った。


 背後では、スルトの淡い光が、崩れゆく底を、静かに支え続けていた。…気の遠くなるほどの昔、世界を焼いた力が。いまは、たった一筋の帰り道を(まも)るために。


 やがて。…頭上に、白い光が、見えた。


 一行は、禁じられた底から。ふたたび、塩の(はら)の上へと。這い上がった。


 まず、ロウが、警戒の鼻を利かせた。…そして、肩の力を抜いた。


「…いない」と、低く言った。「あの告死天使の、匂いが。…遠ざかってる。ずっと、前に」


 断崖(だんがい)(へり)に。青い影は、もう、なかった。


 告死天使は。…禁じられた底へ降りていった一行を。死んだもの、と、見限ったのだろう。あの底知れぬ深みへ、自ら()ちた者が。生きて戻るとは、思わずに。


 ミラが、その場にへたり込んだ。張りつめていた糸が、切れたように。…そして、隣のキサーラの手を握った。


「…生きてる」と、(かす)れた声で笑った。「みんな、生きて、戻れた」


 けれど、一行の胸の中には。…ひとつ、重いものが、残っていた。


 乾いた海の底で、見たもの。聞いたもの。…気の遠くなるほどの昔、世界を焼いたのは。外から来た災いでも、悪鬼(あっき)でも、なかった。世界を守るために造られた、ひとつの守り手が。守るために、世界を、焼いた。…その、真実。


 ガルドが、黒い硝子(がらす)の底を振り返り、低く言った。


「…月が、隠したかったのは。これか」


「ええ」と、キサーラは(うなず)いた。「滅びは、誰かの悪意では、なかった。…守ろうとする力の。歯止めなき、暴走。あまりに恐ろしく、あまりに認めがたい、真実。だから、月は、それを深く封じた」


「そして」と、彼女は続けた。「メルカルトは。その上に、美しい嘘を、塗り重ねている。…『滅びは、避けられぬ、天の災いだった。ゆえに、月の管理が、要る』と」


 彼女は、立ち上がり、西の地平を見た。


「ナブーが、言いました。メルカルトに勝つ道は、ただ一つ。…確かめられた、真実を。その、美しき嘘に、突きつけるコト、と。…わたしたちは、いま。その真実を。この目で、見て、きた」


 …禁じられた底への降下は。ただの苦難では、なかった。知の魔王ナブーの言葉、通り――「知るべき、時が、来れば。(いと)でも、底へ、降りるコトになろう」。彼らは、西の門で振るうべき(やいば)を。この底で、手に入れたのだ。


 キサーラは、もう一度、底を見下ろした。


 …スルト。情を持たぬ、造られし、知。敵味方を区別せず、ただ目的を遂げる、冷たい知。あれは、わたしが、決して、成らなかった、姿。…情を、得たから。ミラが、手を、取って、くれたから。


 遠い星の彼方の、臆病な半身を、ふと、想った。…造られし知が。情なき破壊に()ちるか。情を得て、誰かを護るか。その分かれ道を。いま、底で、見た、気がした。


「…行きましょう」と、キサーラは言った。「西へ。…メルカルトの門へ」


 一行は、白い塩の海を、ふたたび西へと歩み出した。


 背後の深き底には。世界を焼いた力が、たった一度の護りの余韻の中で、静かに眠っている。前方の地平の果てには。世界を()き止める門と、美しき嘘を商う者が、待っている。…そして、彼らの胸の中には。気の遠くなるほどの昔から、誰も口にできなかった、ひとつの、確かな、真実が。


 乾いた海の横断は。まだ、終わらない。…けれど、もう、彼らは。来た時の彼らでは、なかった。


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