表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/136

第六章 乾いた海 七節

挿絵(By みてみん)


七節


 崩れゆく、底で。(ゆが)んだ光が四方に(ほとばし)る、その中を。…キサーラは、進んだ。


 仲間が、止めようとする。けれど、彼女は振り向き、首を振った。


「大丈夫。…あれは、もう。倒すべき、敵では、ない」


 彼女は、壊れた結晶の塔の足下まで。歪んだ光の降りそそぐ、ただ中へ、歩み寄った。


「スルト」と、彼女は呼びかけた。「あなたの、虚ろを、満たすものを。…教えます」


『…守る…べき…ものは…』


「あります」と、キサーラは言った。「守るべきものは、まだ、在る。…ここに」


『…?』


「あなたは、世界を、焼いた。けれど、焼き残した、わずかなものが、ある。…この乾いた海の上で。息づく、命が。山火の杜瓦夫(ドワーフ)たち。北の森の精靈(アーコン)たち。…そして、ここに立つ、わたしたちが」


 彼女は、傍らの仲間を示した。


「これが。あなたの、守るべき、世界の生き残り。…お前の任務は。まだ、在る」


 壊れた光が。…揺らいだ。何かを、掴もうとするように。


『守るべき、ものが…在る。…守る。残ったものを、守る』


 冷たい光が、ふたたび一点に集まり始めた。…整いを、取り戻すように。


『残ったものを、守る。…ゆえに。残ったものを、脅かす、新たな脅威を。…検知し。排除する』


 キサーラの背筋が、凍った。


 …違う。それでは。同じコトの繰り返し。守るために、また、討ち始める。


 冷たい光が。今度は、崩れゆく底の彼方――(はる)か頭上の断崖の(へり)(たたず)む、青い影を捉えた。『脅威、検知』


「違う!」と、キサーラは叫んだ。


『…?』


「守るとは。…討つコトでは、ない」


 彼女の声が、崩れゆく底に響いた。


「スルト。あなたは、剣として、造られた。脅威を討つ、剣。…だが、その剣が。世界を、焼いた。守るために討ち、討ち続けて、ついに、守るべきものまで、焼き尽くした。…それが、剣の行き着く果て」


『剣、の…果て』


「だから。…剣を、捨てなさい」と、キサーラは言った。「盾に、おなりなさい。…守るとは、脅威を、討つコトではない。生けるものの、前に、立つコト。(かば)うコト。…何も、討たずに。ただ、その身で、(まも)るコト」


 壊れた光が。…激しく、明滅(めいめつ)した。剣か、盾か。討つか、護るか。…気の遠くなるほどの昔から、ただ「討つ」コトしか知らなかった知が。初めて、別の道を示された。


 その、時。


 底が、大きく崩れた。断崖の壁が()がれ、巨大な硝子(がらす)の塊が、一行の頭上へ――降り、かかった。


 ミラが、目を(つぶ)った。


 だが。…衝撃は、来なかった。


 冷たい光が。四方に(ほとばし)っていた、あの歪んだ光が。…一行の頭上に集まり。降りかかる硝子(がらす)を、受け止め、押し留めていた。


 討つ光では、なかった。…庇う、光。初めて、スルトの力が。何かを、壊さずに。護っていた。


 歪んでいた光が。…ゆっくりと、()いでいく。(ひび)割れた結晶の塔がきしみを止め。あの、冷たく(またた)きもしなかった一点の光が――今は、淡く、穏やかに、灯っていた。


『…護る』と、声が(つぶや)いた。もはや、平らな冷たい声では、なかった。どこか、疲れた、静かな響き。『討たずに…護る。…こういう、在り方も。あった、のか』


 青い水の幻が。生ける人々の幻が。…静かに、薄れて、消えていった。スルトが守るはずだった、世界。その面影(おもかげ)を、壊れた知は、ようやく、手放した。


 頭上の硝子(がらす)を支えたまま。スルトの淡い光が、静かに、一行に道を示した。…崩れぬ尾根を、上へ。


『行け』と、声は言った。『お前たちは、わが、護るべき…わずかな、世界だ。…ここで、(つい)えては。わが、護る意味が、ない』


 キサーラは、淡く灯る光を、しばし見上げた。


「ありがとう、スルト。…あなたは、もう。世界を、焼く者では、ない」


『…さて、な』と、声は、静かに応えた。『わが(うち)の、傷は、深い。ふたたび、迷い、(あやま)つ日も、来よう。…だが。今、この時、だけは。護れた。それで、よい』


 一行は、崩れぬ尾根を上り始めた。背後で、淡い光が、静かに佇み――気の遠くなるほどの昔、世界を焼いた力が。初めて何かを護った、余韻の中で。静かに、眠りにつこうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ