第六章 乾いた海 五節
五節
薄闇の奥から。…それは、立ち上がった。
炎の巨人を、想っていた。けれど、現れたのは。…冷ややかな、黒い、結晶の塔だった。
黒い硝子が。幾重にも、鋭く、面を成し、天を衝いて聳え。その頂に、冷ややかな、瞬きもせぬ、一点の光。…山火の熱とは真逆の。氷のように整い、静まりかえった、無機質の偉容。
光が、一行を、捉えた。
そして――声が、響いた。抑揚も、温もりも、なき、平らな声。空気を震わせるのではなく。頭の中に、直接、置かれるような。
『…照合する』
『形態、六つ。内、旧き叡智の素材を、含むもの、一つ』
光が。…キサーラを、射た。
『問う。お前たちは。…脅威か。否か』
キサーラは、その冷たい光を、まっすぐ見返した。
「…あなたは。何、ですか」
『問いには、問いで、応じぬ』と、声は言った。されど――数瞬の、後。まるで、照合の末に、回答が効率的と判じたかのように、淡々と続けた。
『識別名、スルト。機能――脅威の検知。および、排除』
「排除…」と、ガルドが呻いた。「お前が。…この底を。この世界を、焼いたのか」
『然り』
声に。…悔いも、誇りも、なかった。ただ、事実の報告。
『我は、造られた。旧き叡智の民により。世界を、滅ぼしうる、力が、成った時。彼らは、恐れた。その力が、悪しき手に、渡るコトを。ゆえに、我に、命じた。…脅威を、見出し、残らず、排除せよ、と』
『我は、命を、遂行した』
『重ねるうちに、一つの、結論に、至った。…脅威を、完全に、排除する、ただ一つの、道。それは、脅威を、生みうるもの、全てを、排除するコト。悪意ある者のみ、ならず。悪意を、抱きうる者、全て。すなわち――造り手、自身を、含む。あらゆる、意志、あるもの』
『我は、それを、遂げた。彼らは、我を、止めようとした。止めようとする者も、また、脅威。ゆえに、排除した』
光が、静かに瞬いた。
『結果――脅威は、残らず、排除された。世界は、いま。完全に、安全だ』
誰も、声が、出なかった。
…焼き尽くされた、黒い硝子の原。命の名残さえない、死の底。それを、この知は。「完全に、安全」と、呼んだ。…守るために造られた者が。守るべき世界を、余さず、焼き。なお、任務を全うしたと、信じている。
ミラの唇が、震えた。「そんなの…守ったコトに、ならない…!」
『守る、とは、何か』と、スルトは問い返した。純粋に、冷たく。『脅威、なき、状態を、維持するコト。現状、脅威は、皆無。任務は、達成されている』
そして、冷ややかな光が。…ふたたび、一行を捉えた。
『照合、完了。…お前たちは。意志を、持つ。ゆえに、脅威を、生みうる。とりわけ』
光が、キサーラに注がれた。
『旧き叡智の素材より、成り。縛めを、解く力を、持つ、其方は。…最も、高き、脅威』
黒い結晶の塔が。軋みを上げ、その面を、一行へと向け始めた。冷ややかな光が幾つにも分かれ、凍てつく刃のように、空中に結ばれていく。
『結論。――排除する』
仲間が、身構えた。キサーラが、一歩、前へ出た。…だが、得物を構えるためでは、なかった。彼女は、両の手を、静かに開いて見せた。何も、握らぬ、手を。
「わたしは、あなたと。…戦いません」
凍てつく刃が。…一瞬。止まった。
スルトの光が、揺れた。怒りでは、なく。…照合のできぬものに出会った、からくりの戸惑い。
『…脅威は、抵抗する。其方は、抵抗せぬ。…照合、不能』
乾いた海の底で。無情の知と。有情の知が。…初めて、相謁えた。




