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第六章 乾いた海 四節

挿絵(By みてみん)


四節


 塩の斜面を、滑り落ち、滑り落ち。…やがて、一行は、底に着いた。


 乾いた海の、いちばん、深き、底。


 そこは。…寒かった。


 ()けるような上の地獄が、嘘のように。底には、骨まで凍える冷気が(よど)んでいた。陽の光も、ここまでは届かぬ。薄暗い、青みがかった闇が、あたりを満たしていた。


 そして、その薄闇に目が慣れてくると。


 一同は――言葉を、失った。


 見渡すかぎり。…黒い、硝子(がらす)の、大地だった。


 塩では、ない。岩でも、ない。途方もない熱に、一度、すべてが()け、そして、冷え、固まった――滑らかで、黒く光る、硝子(がらす)(はら)。そこに、半ば熔け、ひしゃげ、原形もとどめぬ、巨大な何かの残骸が、累々(るいるい)と横たわっていた。


 旧き世の何かだった。…山火で見た亡骸(なきがら)すら、比べものにならぬ。気の遠くなるほど、巨大で。気の遠くなるほど、数多(かずおお)い。それが、すべて、一瞬のうちに、熔け、焼き尽くされた。


 ガルドが、震える手で、黒い硝子(がらす)に触れた。あの、()る目で見入り――やがて、(うめ)くように言った。


「…これは。星を、焼く、炎の跡だ」


 彼の声が、(かす)れた。


「ナブー様が、俺に教えた、あの技。…極めれば、山を崩し、星を焼く、あの力が。ここで。振るわれたんだ。…一度や、二度じゃ、ねえ。世界を、根こそぎ、焼き払うほど」


 …ここだ、と、誰もが悟った。気の遠くなるほどの、昔。旧き世が、焼けた。その、炎の中心。滅びの、震源。


 黒い硝子(がらす)の、ところどころに。…淡い、白い影が、焼き付いていた。


 人の形をした、影。…手を、伸ばす者。うずくまる者。誰かを(かば)うように、覆いかぶさる者。気の遠くなるほどの昔、ここに在った者たちの。最期(さいご)の一瞬が。光に灼かれ、硝子(がらす)に、永遠に刻み込まれて。


 ミラが、口を押さえた。涙が、頬を伝った。


 セレナが、青ざめ、身を縮めていた。


「…いない」と、(ささや)いた。「精靈(アーコン)が、一つも。…山火には、泣く精靈(アーコン)が、いた。ダヌの森には、息づく精靈(アーコン)が。だが、ここは。…何も、いない。命の名残さえ、焼き尽くされて。…ただ、一つ。大きく、冷たい、何かを、除いて」


 その、時。


 黒い硝子(がらす)の原の、(はる)か、奥。薄闇の、いちばん深いところで。


 …ひとつ、()が、灯った。


 炎の色では、なかった。山火の赤い(おき)火とも、告死天使の青白い光とも、違う。…冷ややかで、(まばた)きもせぬ、無機質な、一点の光。


 それは、ゆっくりと。…こちらを、向いた。


 情も、怒りも、好奇も、なく。ただ、冷たく、正確に。闇の中から、一行を――値踏(ねぶ)みするように。測り、選び分けるように。


 キサーラの額の琥珀(こはく)が。…これまでにない激しさで。(いまし)めるように、灼けた。


 乾いた海の、いちばん、深き、底で。…気の遠くなるほどの昔、世界を焼いた何かが。ふたたび、目を開こうとしていた。

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