第六章 乾いた海 一節
一節
山火の山脈を西へ下りきると。
世界は、ふたたび――白く、なった。
行く手に。地平の果てまで。見渡すかぎりの、白い、塩の原が。広がっていた。
乾いた、海。…気の遠くなるほどの昔、ここには、青い水が満ちていたという。旧き世の大いなる内海。それが、西の果ての門を堰き止められ。気の遠くなるほどの歳月をかけて、干上がり。あとには、この、白く輝く、塩の亡骸だけが、残された。
キサーラは、その白い広がりを、見て。…ふと、立ち止まった。
ここだった。…気の遠くなるほど昔のコトのようにも、思えるが。まだ、幾月かしか、経っていない。星の彼方からこの地へ墜ちて。右も左もわからぬまま、この白い塩の上に倒れていた、あの時。…そして、ミラが。隊商の娘が。その手を、取ってくれた。
あの時の自分は。ただ、世界を観るだけの、冷たい眼だった。…今は。傷を負い、血を流し、涙を知り、はらからを得た。
「…帰ってきたのね」と、ミラが隣で呟いた。同じコトを想っていたのだろう。「ここから、始まったんだもの。私たち」
けれど、感傷に浸る間は、なかった。
ガルドが、背後の山を、険しい目で振り返った。
「…あの告死天使は。もう、山を抜けてる頃だ。俺たちの足跡を、追ってくる」
そして、彼は、行く手の白い広がりを見やった。
「だが、この乾いた海は…並みじゃ、ねえ。水は一滴も、ねえ。昼は灼ける地獄、夜は凍える地獄。…下手に踏み込めば。告死天使に追いつかれる前に、塩に呑まれて干涸びる」
「だから――まず、ナブー様だ」と、ドレクが言った。「塩の果ての、智の魔王。…この乾いた海を渡る道を知ってるとしたら。あの御方をおいて、他に、いねえ」
キサーラが、頷いた。
「ええ。…西の門へ向かう前に。もう一度、ナブーに会いに行きましょう。知の守り手に。道を乞うために」
一行は、白い海へ、足を踏み入れた。
塩の地は、踏むたびに、じゃり、と乾いた音を立てた。陽射しは白い塩に跳ね返り、目を灼く。…そして、ところどころに。塩の地から突き出た、奇妙な影があった。
半ば塩に埋もれた、巨大な骨組み。…獣の骨では、ない。旧き世の何かだった。気の遠くなるほどの昔、この海がまだ水を湛えていた頃。その蒼き水面を渡っていたであろう、巨大な何かの。…亡骸。
セレナが、身を震わせた。
「…深いところほど」と、低く言った。「古い気配が、濃くなる。…この海の、いちばん底には。何か、途方もなく古いものが。眠っている、気がする」
誰も、答えなかった。ただ、白い地平の遥か彼方――西の果てに在るという、世界を堰き止める門を思い。足を、進めた。
背後には。灼ける塩の地に、一行の足跡が点々と続き。…その先を、青白い影が、いずれ辿って来る。
乾いた海の横断が。…始まった。




