第五章 山火の山脈 四節
四節
坑道が尽きた、その先。
途方もない大伽藍のような空洞が、口を開けていた。・・・山の心の臓。赤く灼けた溶岩の川が幾筋も流れ、無数の炉が火を噴いて。その、中央に。
それは、いた。
山とも見紛う、巨躯。・・・冷めては熔け、熔けては固まる、赤熱の金属の体躯。数えきれぬ、腕。その一本一本が鎚を握り、休みなく打ち下ろしている。顔の在るべき処には――炉の口のような二つの赤い洞が、爛と燃えるばかり。そこに、何かを看る光は、宿っていなかった。
その巨躯の周りを。縛られた精靈たちが、淡い光となって渦を巻き、鉱を運び、火を煽り、休むコトを許されぬ。
鍛冶師イルマリネン。
鎚を振るいながら。それは、呟いていた。地鳴りのような、低い声で。
「・・・違う」
打つ。出来た物を一瞥し――溶岩の川へ、放り捨てる。
「・・・違う。これも、違う。・・・何かが。足りぬ」
また、打つ。また、捨てる。・・・気の遠くなるほど繰り返してきたであろう、その営みを。訪う者の気配にすら、気づかぬ、まま。
キサーラが、一歩、進み出た。
「イルマリネン」と、呼びかけた。ダヌに、そうした、ように。静かに、真っ直ぐに。「あなたの、探している、ものは・・・」
言葉は、届かなかった。
炉の口の双の洞が、ぎろり、と、キサーラのほうを向いた。けれど――そこに宿ったのは。呼びかけへの応えでは、なかった。
「・・・鉄」と、イルマリネンは呟いた。「新たな・・・材料」
無数の腕の幾本かが。ぬうっ、と、一行のほうへ伸びてきた。鎚を、握ったまま。人を、鉱石と見分ける目を持たぬ、手が。
「下がれ・・・!」と、ヴァイノが叫んだ。
縛られた精靈の光が束ねられ、灼熱の鞭となって、一行へ薙ぎ払われた。
キサーラの額の琥珀が、灯る。迫る鞭の縛めを、片端から解いていく。解かれた精靈が、礼を遺す間もなく、次の鞭が、来る。・・・数が、違った。山じゅうの数えきれぬ精靈を、一柱ずつ解いていては。きりが、ない。
溶岩の飛沫が散り、灼熱の腕が、頭上に迫る。ロウが、ミラを突き飛ばし。ドレクが得物を構えるが――届く相手では、なかった。
「キサーラ!」と、ミラが叫ぶ。「話が・・・通じない・・・!」
そうだった。・・・ダヌは、聴いていた。応えぬ沈黙の奥で。確かに、耳を傾けていた。だが、この親方は。聴く耳、そのものを。気の遠くなるほどの昔に、失っている。言の葉も、名も。もはや、何一つ、届かぬ。
その時。
ガルドが、前へ出た。
「・・・そうか」と、低く言った。まるで、長い問いの答えにたどり着いたように。「言葉で、呼んでも、無駄だ。・・・親方は、もう。言葉の国に、いねえ」
彼は、足元に転がっていた、呑まれた者の――あの、古い鎚を拾い上げた。柄の焦げた、重い鍛冶鎚を。
「ガルド、何を!」と、ヴァイノが声を上げる。
ガルドは、答えなかった。代わりに――近くの小さな炉の前に立ち。打ち捨てられた細工の山から、あの「出来損ない」を一つ、取り上げた。星を巡らせる、車輪の。一筋、狂った、なれの果て。
そして、打ち始めた。
親方の、狂おしい出鱈目な乱打とは、違った。・・・ゆっくりと。一打ち、一打ちに、意味を込めて。何を、直すのか。何の、ために、そこを、打つのか。その、慎ましい、たしかな理を。一打ちごとに、手で語るように。
カン。・・・カン。・・・カン。
止まぬ乱打の地獄の只中に。一つ、筋の通った、静かな音が。灯のように、立ち始めた。
その時。
山じゅうを揺るがしていた、無数の鎚の。その、一本が。
・・・止まった。
炉の口の赤い双の洞が。初めて。何かを探すように。ガルドの、小さな、静かな鎚の音のほうへ。
ゆっくりと――向けられた。
「・・・その、打ち方」と、地鳴りのような声が呟いた。「・・・知っている」




