表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/136

第五章 山火の山脈 四節

挿絵(By みてみん)


四節


 坑道(こうどう)が尽きた、その先。


 途方もない大伽藍(だいがらん)のような空洞(うろ)が、口を開けていた。・・・山の心の(ぞう)。赤く()けた溶岩の川が幾筋も流れ、無数の炉が火を噴いて。その、中央に。


 それは、いた。


 山とも見紛(みまが)う、巨躯(きょく)。・・・冷めては()け、熔けては固まる、赤熱の金属の体躯。数えきれぬ、腕。その一本一本が(つち)を握り、休みなく打ち下ろしている。顔の在るべき処には――炉の口のような二つの赤い(うろ)が、(らん)と燃えるばかり。そこに、何かを()る光は、宿っていなかった。


 その巨躯の周りを。縛られた精靈(アーコン)たちが、淡い光となって渦を巻き、(あらがね)を運び、火を(あお)り、休むコトを許されぬ。


 鍛冶師イルマリネン。


 鎚を振るいながら。それは、(つぶや)いていた。地鳴りのような、低い声で。


「・・・違う」


 打つ。出来た物を一瞥(いちべつ)し――溶岩の川へ、放り捨てる。


「・・・違う。これも、違う。・・・何かが。足りぬ」


 また、打つ。また、捨てる。・・・気の遠くなるほど繰り返してきたであろう、その営みを。(おとな)う者の気配にすら、気づかぬ、まま。


 キサーラが、一歩、進み出た。


「イルマリネン」と、呼びかけた。ダヌに、そうした、ように。静かに、真っ直ぐに。「あなたの、探している、ものは・・・」


 言葉は、届かなかった。


 炉の口の双の洞が、ぎろり、と、キサーラのほうを向いた。けれど――そこに宿ったのは。呼びかけへの応えでは、なかった。


「・・・鉄」と、イルマリネンは呟いた。「新たな・・・材料」


 無数の腕の幾本かが。ぬうっ、と、一行のほうへ伸びてきた。鎚を、握ったまま。人を、鉱石と見分ける目を持たぬ、手が。


「下がれ・・・!」と、ヴァイノが叫んだ。


 縛られた精靈(アーコン)の光が束ねられ、灼熱(しゃくねつ)(むち)となって、一行へ()ぎ払われた。


 キサーラの額の琥珀(こはく)が、灯る。迫る鞭の(いまし)めを、片端から(ほど)いていく。解かれた精靈(アーコン)が、礼を遺す間もなく、次の鞭が、来る。・・・数が、違った。山じゅうの数えきれぬ精靈(アーコン)を、一柱(ひとはしら)ずつ解いていては。きりが、ない。


 溶岩の飛沫(しぶき)が散り、灼熱の腕が、頭上に迫る。ロウが、ミラを突き飛ばし。ドレクが得物を構えるが――届く相手では、なかった。


「キサーラ!」と、ミラが叫ぶ。「話が・・・通じない・・・!」


 そうだった。・・・ダヌは、聴いていた。応えぬ沈黙(しじま)の奥で。確かに、耳を傾けていた。だが、この親方(おやかた)は。聴く耳、そのものを。気の遠くなるほどの昔に、失っている。言の葉も、名も。もはや、何一つ、届かぬ。


 その時。


 ガルドが、前へ出た。


「・・・そうか」と、低く言った。まるで、長い問いの答えにたどり着いたように。「言葉で、呼んでも、無駄だ。・・・親方は、もう。言葉の国に、いねえ」


 彼は、足元に転がっていた、()まれた者の――あの、古い鎚を拾い上げた。()の焦げた、重い鍛冶(かじ)鎚を。


「ガルド、何を!」と、ヴァイノが声を上げる。


 ガルドは、答えなかった。代わりに――近くの小さな炉の前に立ち。打ち捨てられた細工の山から、あの「出来損(できそこ)ない」を一つ、取り上げた。星を巡らせる、車輪の。一筋、狂った、なれの果て。


 そして、打ち始めた。


 親方の、狂おしい出鱈目(でたらめ)な乱打とは、違った。・・・ゆっくりと。一打(ひとう)ち、一打ちに、意味を込めて。何を、直すのか。何の、ために、そこを、打つのか。その、慎ましい、たしかな(ことわり)を。一打ちごとに、手で語るように。


 カン。・・・カン。・・・カン。


 止まぬ乱打の地獄の只中(ただなか)に。一つ、筋の通った、静かな音が。(ともしび)のように、立ち始めた。


 その時。


 山じゅうを揺るがしていた、無数の鎚の。その、一本が。


 ・・・止まった。


 炉の口の赤い双の洞が。初めて。何かを探すように。ガルドの、小さな、静かな鎚の音のほうへ。


 ゆっくりと――向けられた。


「・・・その、打ち方」と、地鳴りのような声が呟いた。「・・・知っている」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ