第五章 山火の山脈 三節
三節
山の口をくぐると。世界が、変わった。
外の灰の空ですら――いまは、恋しかった。坑道は、降りるほどに、熱く、赤く、息苦しくなっていく。岩肌は、いまも脈打つように熱を放ち。行く手の闇の奥から、あの、止まぬ鎚の音が――カァン、カァン、と。骨に響いて、せり上がってくる。
道は、幾筋にも枝分かれしていた。
いや――道、と呼ぶには、あまりに出鱈目だった。上へ、下へ、横へ。意味も、脈絡もなく、岩を刳り、掘り、穿った、空洞の迷宮。・・・山は、内側から食い尽くされ、すかすかの貝殻のようになっていた。何かを掘り当てるためでも、なく。ただ、掘るために掘られた、穴。
やがて、開けた広間に出た。
ミラが、息を呑んだ。
そこには――宝の山が、あった。
うず高く積み上げられた、無数の細工物。金とも、鉄ともつかぬ、淡く光る素材で造られた、精緻な品々。歯車。管。球。花のように複雑に組み合わさった、名も知らぬ、からくり。・・・どれも、息を呑むほど美しく。寸分の狂いも、ない。
けれど。
すべて、打ち捨てられていた。塵のように、うず高く積まれ、顧みられるコトもなく。完璧な、宝の――墓場。
ガルドが。ふらり、と、その山に歩み寄った。
一つを拾い上げ――あの、識る目で、視つめた。
しばらく、彼は、凍りついたように動かなかった。
「・・・どうしたの、ガルド」と、ミラが問うた。
「これは」と、ガルドの声が掠れた。「ただの、出鱈目じゃ、ねえ」
彼は、掌の細工を、震える指で辿った。
「これは・・・親方が、昔、鍛えたっていう――あの、宝の。出来損ないだ。星を巡らせる車輪を、造ろうと、して。どこか、一筋、違ってる。だから、捨てた。・・・そっちのも。そっちの山のも、みんな、そうだ。同じ宝を造ろうとして、造りきれず、捨てた、なれの果て」
ガルドは、顔を上げた。その目に、戦慄とは別の――深い哀しみが滲んでいた。
「親方は・・・思い出そうと、してるんだ」と、呻くように言った。「自分が、昔、何を鍛えていたのか。何の、ために、鎚を振るっていたのか。・・・それを、忘れちまって。思い出そうと、気の遠くなるほど、鍛えては、違う、と捨て、また鍛えては、捨て・・・山を、食い潰しながら。永遠に、思い出せずに、いる」
誰も、言葉が出なかった。
狂気、と呼ぶには。それは、あまりに――哀れな営みだった。
その時。
セレナが、両の腕を抱えて、うずくまった。
「・・・聞こえる」と、青ざめて囁いた。「精靈たちの・・・声が。この、山じゅうの。・・・泣いている。休みなく、掘らされ、熔かされ、鎚を、振るわされて。止めて、止めて、と。気の遠くなるほど、ずっと」
キサーラの金の瞳が、細められた。
あの、止まぬ、鎚の音。あれは――親方一柱の手では、なかった。縛られ、使役された、数えきれぬ精靈たちの。終わりなき、労苦の音だったのだ。
ヴァイノが、低く言った。
「・・・見ろ」
彼の指差す、先。積み上がった細工の狭間に。・・・半ば、光る素材に呑み込まれた、古い、鎚が。斧が。そして、それを握ったまま、石と金になりかけた――小さな、手の形が、あった。
「親方を、止めようとした奴らだ」と、ヴァイノは目を伏せた。「鎚を、止めに、入って・・・材料と、間違えられて、炉に、組み込まれちまった。親方は、もう。人と、鉱石の区別も・・・つかねえ」
奥から。鎚の音が。いよいよ、大きく。赤い光が、闇を焼いて、脈打つ。
一行は、顔を見合わせた。
ガルドが、懐の光るかけらを、握りしめた。・・・忘れた者と、忘れぬ者が。まみえる時が。すぐ、そこまで、来ていた。
「行きましょう」と、キサーラが静かに言った。「親方の――いちばん、深い、ところへ」




