第十二章 銀の観客 四節
四節
満ちた月は、まだ、白い柱の肩に、残っていた。
宴の朝は、銀の降臨から、始まった。柱の上つ方から、垣の上の白い橋へ、銀の列が、降りてくる。七体では、なかった。十と、四体。月より、戻った狩人らは、数を、増していた。孔雀の羽が、朝日に、燃え、嗤いの面が、白々と、光り、新しい銀たちが、めいめいの、煌びやかな、虚飾の豪奢さを、風に、遊ばせていた。前庭を、埋めた万の民は、額ずいた…が、その額ずきは、あの宴の夜と、同じでは、なかった。頭は、下がっていた。**目だけが、下がっていなかった**。
そして、第七の垣の白い房の最も高い所に、それは、あった。
桟敷だった。ただし、嗤う面の連なる、賑やかな高欄の、さらに上。**何も、飾らぬ、白い座が、一人分**。旗も、面も、紋も、ない。飾る者は、観られたい者…ならば、あの座の主は、幾星霜、観られることを、捨てた者だった。座は、まだ、空だった。空のまま、前庭の白い砂の盤を、まっすぐに、見下ろしていた。
…同じ刻、第七の垣の裏手の坂では。
荷の道が、朝の忙しさに、満ちていた。酒の樽。敷物の巻き。篝の薪。裏方の荷が、行き交い、その、行き交いの中に、薪を、担いだドワーフと、樽を、転がす渡り手と、敷物を、抱えた娘らが、紛れていた。誰も、彼らを、視なかった。舞台の裏は、幾星霜の観客が、最も、視ない景色だった。
坂の下手から、曳きの列が、上ってきた。
灰色の衣の曳き手が、六人。その、囲みの中に、繋がれた、二十と四つの、痩せた影。手順書の写しの通りの、薄い、囲みだった。列は、三つ辻の古い水盤の脇へ…渠の口の真ん前へ、差しかかりつつあった。
…前庭では。
引き渡しの、太鼓が、打たれる、その、寸前だった。
白い砂の盤に、青が、独りで、歩み出た。
月神殿の審問官の正装だった。青き髪は、結い上げられ、白い衣に、月の印。腰に、神器。彼は、盤の中央に、立ち、狩人らの桟敷と、帝の閉じた御座と、万の民とに、等しく、届く声で…宣した。
「…月神殿、最上位審問官、アズライール。**月の法、第一の権をもって、英傑の間に、検めを、立てる**」
静寂が、落ちた。石が、水に、落ちるように。
桟敷の銀たちが、初めて、笑いを、忘れた顔を、見合わせた。検め。英傑の間に。月の刃が、月の選良に。…幾星霜、誰も、耳にしたことのない、言葉の並びだった。孔雀の羽が、確かめるように、一度、瞬いた。「…戯れか、審問官どの」
「戯れなら」と、青は、言った。「これより、読むものは、戯れの帳である」
彼は、懐から、二冊の綴りを、取り出し、一冊を、開いた。そして、読み始めた。
罪状でも、勘定でも、なかった。
**名、だった**。
「…ハムの妻、キリ。北の山裾、九年前。触れは、魔獣の害。…バルの妻、ゼナ。この都、外れ町、月の裁きの触れにて、曳かれしまま、裁きの書、無し。…渠のマレの弟、トト。触れ、無し。**いない者は、消えても、消えたことに、ならぬ、ゆえに**…」
名は、続いた。一つ、また一つ。読み上げられる名の一つごとに、万の民の、どこかで、息を、呑む音が、した。膝が、崩れる音が、した。誰もが、識っている名が、混じっていたからだ。隣の名。同じ樋の水を、汲んだ名。…消えて、触れ一枚で、閉じられた名が、いま、月の刃の声で、青い朝の空へ、一つずつ、返されていた。
前庭は、水を、打ったように、静まった。狩人らですら、動かなかった。動けなかったのでは、あるまい。**観ていた**のだ。幾星霜ぶりの、未見の演目を。
…荷の道では。
名は、そこまで、届いていた。
風に、乗って。垣を、越えて。静まり返った都の上を、渡って。曳き手の六人が…**足を、止めた**。一人が、耳を、そばだて、一人が、口の中でいま読まれた名を、繰り返した。彼らも、都の民だった。読まれる名の中に、識った名が、あった。灰色の衣の若い曳き手が、俯いて、目頭を、押さえた。
誰も、荷の道を、視ていなかった。誰も、曳きの列を、視ていなかった。**死者の名が、生きている者らを、覆い隠していた**。
その、名の帳の中で…取り立ては、行われた。
薪の山が、崩れるふりをして、道を、塞ぎ、樽が、転がって、囲みを、割り、敷物を抱えた娘らが、繋がれた手首の縄の結び目に、触れた。結び目は…**ほどけた**。二本の細い指が、袋の中から、伸びていたことに、気づいた者は、いない。二十と四つの影は、夜の色の帳に、呑まれ、水盤の脇の石畳の下へ、音もなく、流れ込んだ。曳き手らが、涙を、拭って、顔を上げた時、荷の道は、いつもの、退屈な、裏方の道に、戻っていた。囲みの中が、空であることに、彼らが、気づくまで…名は、まだ、三百と、幾つ、残っていた。
…前庭では。
名の読み上げが、四百を、越えた頃。
桟敷の銀たちの上の、あの、何も飾らぬ白い座に…**気配が、着いた**。
音は、なかった。姿も、判然としなかった。ただ、十と四体の銀が、一斉に、立ち上がり、飾りという飾りを、鳴らして、深く、頭を、垂れたのだ。息の混じらぬ者らが、息を、詰めるようにして。…幾星霜、空だった座に、主が、降りてきていた。
袋の中の闇で、キサーラの琥珀が、灼けるように、疼いた。
上からの、あの、細く、古い一条が…今、初めて、**すぐ、そこに**、あった。垣一枚、上の高みに。そして、その視線は、袋の中の彼女を、探しては、いなかった。盤の中央の名を読む青に、深く、深く、注がれていた。幾星霜ぶりの、面白いものを、観る目で。
名は、読まれ続けていた。
白い座の主は、観ていた。




