第十二章 銀の観客 三節
三節
軍議は、その夜のうちに、同じ卓で、続けられた。
最初に、立ちはだかったのは、あの、戯れ言だった。…あの御方の桟敷から、視えぬ盤は、無い。すべてを、観られている前提で、隠し事を、成す。矛盾を、絵に描いたような、注文だった。ドレクが、頭を、掻きむしった。
「…視えぬ盤が、無いんじゃ、隠しようが、ねえだろうが。影に、潜んだって、影ごと、視られてるんだぜ」
「…いいえ」
キサーラの声は、静かだった。静かで、そして、これまでの、どの軍議とも、違う、奇妙な、確かさが、あった。彼女は、この一点についてだけは、誰よりも、深く、識っているのだった。**観る者の内側を**。
「観る者から、隠れる場所は、影では、ありません。…**退屈の中です**」
卓が、静まった。
「古くから長きに亙って、観続けた方です。観るものを、選びます。選ばずには、いられない。観るとは、そういうことです。…面白いものへ、目は、吸われる。吸われている間、**つまらないものは、視界に、在っても、視えない**。私は、識っています。観察を、務めとして、降りてきた者ですから。…観察者の、いちばん深い穴は、それです。私の穴でも、あった」
だから、と、彼女は、続けた。
「盤を、二つに、分けます。**視られてよい盤**と、**視られてはならない盤**に。そして、視られてよい盤を…数え切れぬ歳月ぶんの、退屈を、忘れるほど、面白くするのです」
視られてよい盤の主役は、決まっていた。
「…私、か」と、アズライールが、言った。
「あなたです。…月の刃が、月の選良に、検めを立てる。幾星霜、誰も、観たことのない演目です。あの桟敷の目は、あなたに、釘付けになる。ならざるを、得ない。…先だって、私が、務めた役です。今度は、あなたが、呼び物。私たちが、地の底」
盤の設計が、組み上がっていった。
**視られる盤**…宴の朝、引き渡しの場。アズライールが、権をもって、検めを立てる。証は、二冊の帳面。手順は、彼の生涯そのもの…一段も、飛ばさずに。触れの読み上げ、巡遊との突き合わせ、水帳の空白、そして、求めの書の、あの四文字。
そこで、額の男…バルと、いった…が、進み出た。切れた口の審問官の前に、もう、拳は、握っていなかった。代わりに、震える声で、一つだけ、求めた。
「…読み上げるんなら。勘定だけじゃ、なく。…**名を**。死んだやつらの、名を。女房の名を。数じゃ、なく、名で。…頼む」
アズライールは、バルの目を、視た。それから、深く、一つ、頷いた。
「…名は、読む。…**すべて**」
まことの帳面の名の頁が、その夜、写し直された。読み上げの、順に。
**視られてはならない盤**…二十四人。
引き渡しの、手順書の写しは、サミアが、量りの詰所の控えから、抜いてきていた。宴の朝、二十四人は、帝の預かりの、石の房から、曳かれ、第七の垣の裏手の坂…**荷の道**を、上る。人目に、触れさせぬための、裏の道。ナイラが、その道順を、指で、なぞり…眉を、寄せた。
「…妙だね。この道順。三つ辻の古い水盤の脇を、通る。…**渠の口の真ん前だよ**。曳き手の割り当ても、薄い。量りの手が、書いたにしちゃ…**穴だらけだ**」
卓を、囲む目が、見交わされた。罠か。それとも。…キサーラは、手順書の几帳面な文字を、長く、視ていた。倦まぬ声の主の寸分、揺れぬ量りを、思った。あの方の帳面に、穴が、開くとすれば、それは、開いたのではない。**開けたのだ**。
「…帝は、量りを、こちらへ、貸しておいでです」と、彼女は、言った。「理由は、量れません。ですが…借ります。貸された量りも、借りは、借り。**帳面に、載せて**」
曳きの列を、荷の道で、受ける。囲むのではない…**紛れる**。宴の朝の荷の道は、酒の樽、敷物の巻き、篝の薪と、裏方の荷が、行き交う。観客の目は、舞台に、吸われている。舞台裏の荷運びなど、伝承の古来よりの観客が、最も、視ない景色だった。帳は、二十四の息を、包んで、渠へ。根の戸が、閉じれば、取り立ては、済む。
「そして…**もう一つ、担いで、降りてもらいます**」と、キサーラは、言った。「房の札の帳です。とん、と、置かれていた、あの卓の。狩りの勘定を、彼ら自身の手で、付けてきた帳。…検めには、証が、要ります。私たちの帳面は、焼かれた側の帳面。向こうの手による、向こうの帳が、卓に、載った時…**検めは、裁きに、変わる**」
盤が割れた時のための、最後の駒の置き場も、決められた。キサーラは、視られてよい盤にも、視られてはならない盤にも、立たない。
「私は、袋の中に、います。…盤が、割れるまで」
割れる、と、誰も、疑わなかった。検めを、立てられて、あの、息の混じらぬ笑いの主たちが、粛々と、頭を垂れる図など、誰にも、描けなかったからだ。割れた盤の上で、何が起こり、彼女が、何をすることになるのか…それだけは、まだ、誰の帳面にも、書かれていなかった。
散会の間際だった。
アズライールが、渠の昇り口で、足を、止め、振り向かずに、キサーラにだけ、届く声で、言った。
「…一つ、訊く。金の目」
「はい」
「検めの先には、裁きが、ある。裁きの先には…**刑が、ある**。私は、その、順を、識る者だ。順を、違えたことは、ない。…汝は、殺さぬ剣だと、聞いた。ならば、訊く。刑の刻…**汝は、どこに、立つ**」
白い喉の遥かな高みで、聞いたのと、同じ種類の静けさが、渠に、降りた。
キサーラは、長く、黙った。討ちたい、と、識った手。置き去りにした、火。掌の下で、ほどける、と、視えてしまった、結び目。…それらの、どの頁にも、この問いの答えは、書かれていなかった。彼女は、やがて、正直に、言った。あの男の言葉を、そっくり、借りて。
「…………………………まだ、**量れません**」
青は、頷きも、せず、ただ、昇っていった。二人の「量れぬ」が、暗い渠の水面のように、静かに、向き合ったまま、残された。
頭上の見えぬ空で、月は、あと三夜で、満ちる。




