風に散る花のように 中
『その言葉は私に対してもあいつに対しても大変失礼だとは思わないか? あいつは惚れてもない女を全力で幸せにできる程器用じゃないぞ』
拗ねたような声を思い出して、申し訳ない気持ちになる。
記憶が欠落していたとはいえ、ひどいことを彼女に言ってしまった。改めて謝罪したいのに、今ミディアは安全のために神殿に閉じ込められている。彼女が外に出られないのなら、エレネの方から訪ねてゆくしかないのだ。
――外に出なければならない理由が……ほら、ここにもまたひとつ。
「シィエタイス村で行われた死霊術について、改めて教えていただきたいのです」
ひとつ息をついて、エレネは神官に向き直る。あの時、『月と潮に関連する呪い』だと老神官は明言を避けた。つまり、二人は最初からシィエタイス村に施されていた呪いについてある程度わかっていたのだ。
「私は未熟なアレスです。死霊術と対峙しなければならないことを予め教えられていたら、恐怖で何もできなかった。知らなかったから立ち向かえました。……もしや、そういう助言が与えられていたのですか?」
神官はゆるく首を横に振った。答えられない。ということだろう。そして、何かを探るような目で、エレネの色違いの瞳をまっすぐに見つめる。空気がピンと張り詰め、エレネはまるで視線に縛られたかのように身動きが取れなくなった。聞きたいのはそこではないだろう? 紫色の瞳にそう問いかけられて観念する。本当は言葉に出すのも恐ろしいけれど。
「……あれほどの大掛かりな呪いです、かの国が信仰する神に……供物が捧げられたはずです」
声に出した瞬間に貧血を起こしたような軽いめまいに襲われたが、気力で平静を装う。
ここのところ色々あったせいで、エレネは体調不良を周囲の目から誤魔化すことに慣れてきてしまっていた。……例え隠しきれずにエレネが真っ青な唇で震えていても、村の人々は『心配をかけたくない』というエレネの気持ちを尊重して何も言わないでくれている。その配慮がとてもありがたい。
「奴隷船に大砲を打ち込み海に沈めたようです。犠牲者の数は正確には把握できていませんが何百という数でしょう。国家元首が主導してやっていることですから、規模がおかしい」
顔色ひとつ変えず平坦な声で言い切られた言葉は、遠い昔の異国の物語のようで、全く血なまぐさい印象を受けなかった。
しかし、実際は大勢の人間が命を奪われている。しかもそれはつい最近現実に行われたことなのだ。その事実をうまくエレネは受け止められない。口の中がカラカラに乾いてゆく。
「……そこまで、やるのですか?」
かすれた声でそれだけ言うのがやっとだ。この先に続く神官の言葉を聞くことがとても怖い。指先から冷えてゆく。耳の中に心臓の音が響き始める。鼓動がどんどん早くなってゆくのがわかる。
「独裁者なんてそんなものですよ。どうしてそこまでミディアさまに執着するのかはわかりません。レガリアを強奪するのには失敗しましたが、まだ諦めていないようです。こちらとの国境に新しい砦を築いているという報告もありますが、この国の冬の厳しさはあちらも過去の敗戦から学んでいるはずなので、花嫁を奪うために進軍してくるとすれば、春になってからでしょうね。でも……実際にはもう始まっている。死霊術師たちが数年前から各地に様々な術を施しています。その一つが長男の村にかけられた呪いでした」
神官は遠くの白い山並みに視線を向けた。しばし、その場に重苦しい沈黙が落ちた。
「死霊術師は、恐怖に震える人間をいたぶることで快感を覚える異常者どもです。正面切ってぶつかれば必ず負けます。…………怖がりなのですよね?」
神官がエレネに向き直って、至極真面目な顔でそう言った。
「……はい」
エレネが肩を落とすと、彼はわずかに目を細める。さらに緊張感が増し、ぞわりと肌が泡立った。
「ご自分で何とかしようとは、なさらないことです。……絶対に、無理ですから」
結構物事をはっきり言う人のようだった。自分の無力さを突き付けられたようで胸が鋭く痛む。エレネが顔を顰めて痛みに堪えていると、その様子を見ていた神官の眉間に深い皺が寄った。
「私は今、得手不得手の話をしています。苦手なことはセラス・マイオスに手助けを求めればいい。違いますか?」
エレネがはっとした顔になると、神官はさらに厳しい口調で続けた。
「そういうところに、相手はつけこんできます。生贄を必要とする死霊術をわざわざ選ぶような輩です。害虫駆除くらいのつもりで対処できる人間でなければ、勝負になりません」
そこで一度言葉を切って、神官はまっすぐにエレネを見据えた。
「ゲディンスのエレネは、彼を自らの盾とすることに抵抗があるようですが」
足元が一段低くなったような浮遊感をと共に、一瞬にして今ある世界から切り離される。そこはもう世界の『外』だ。エレネは見渡す限りの草原に、彼と二人きりで向き合って立っている。
「セラス・マイオスは――あなたが運命と戦うための剣です」
言葉と共に、体の中心を貫くように風が吹き抜けた。まさにそんな感覚だった。胸の奥で凝っていた迷いのようなものが一瞬にして消え失せる。エレネは大きく目を見開いた。
(これが……人々の迷いを打ち払うという神官の『役目』なんだ……)
自ら体感して改めて思い知る。確かに、彼らはアレスとは似ているようで、全く違う存在だ。そして、彼らが持つ『人の迷いを打ち払うことができる』とされるこの力は、使い方によって善にも悪にもなり得る。
もし、野心ある者が人々を支配しようとする意図で使えばそれこそ、心を意のままに操ったり、民衆を扇動することもできてしまう。
(だから、神官には制約が多いのか……)
人を呪う助言を与える神々が存在し、その助言を伝えるアレスが存在するのなら、当然人を呪う神々に仕える神官も存在するのだろう。
だが、目の前の神官はまさに清廉潔白という言葉が似合う存在だった。
例えるならば、雪に閉ざされた冬の森のような、肌が痛みを感じる程に冷たく澄み切った空気を纏っているという印象を受ける。
冷たく冴えた紫水晶のような瞳。そして、彼に頬にある椿の花に似たしるしは、鳥の羽根と剣が組み合わさって生み出された模様だ。剣のしるしは、『班長さん』とエレネが呼んでいる、セラスの姉の頬にあるものと同じだった。つまり彼とケリー・マイオスは同じ神様の加護を受けているということになる。
「……あなたも、五月の名を持つのですか?」
ぼんやりと呟く自分の声を、どこか遠くで聞いているような不思議な感覚だった。そう言ってしまってからそれは違うような気もしてくる。
(冬空から舞い降りる……真っ白な羽根。そうか、彼は……冬、だ)
神官はそれには答えず、微かに笑って目を閉じた。少し高い位置から地面に落ちたような感覚と共に、どんっと全身に重力が伸し掛かってきた。『外』から戻ってきたのだ。エレネはそのまま膝から崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。
彼が『冬』の空気を纏っているのであるのならば、セラスとケリーは『春』だ。花弁を散らすあたたかい風。圧倒的な緑に世界が覆われる季節。
ほら……面影がよぎるだけで、呼吸が楽になる。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると……思っていたよりも近くに紫色の瞳があることに驚いて、思わず大げさに身を引いてしまった。
「あ……す、すすすす……すみません」
心配してもらったのにこれはあまりに失礼だと、エレネは慌てて謝罪する。近いといっても、誰に見られても普通に会話しているとしか思われないような距離だ。過剰に反応しすぎだと恥ずかしくなる。
「あ……ありがとうございます。みっともないところをお見せしてしまって申し訳ございません。本当に私は……自分のことばっかり……ですね」
自分が一番不幸で可哀想。そんな風に思っているつもりはなかったけれど……外から見ていた人にはどう映っていただろう。
エレネはこの場所で、アルゴやセラス、村の人々や巡回の騎士たちによって、大切に大切に守られている。この安全で居心地のいい場所から出たくないと、目を閉じて耳を塞いで、何も気づかないふりをしていただけなのだ。
――時間は刻々と過ぎてゆき、状況は確実に悪い方へと向かっているのに。
「ふっ……くくっ……」
突然、忍び笑いの声が聞こえてきた。神官は顔を横に向けて表情を隠しているが、肩が揺れているから絶対に笑っている。緊迫した空気が一気に弛緩する。……そして、さらっとエレネの非礼もなかったことにされてしまった。
「すみません……姉と反応がよく似ていたもので、可愛らしいなと」
彼の口から『可愛らしい』という言葉が出たことにさらに驚く。そんな言葉を簡単に口にしそうにない、冷たく取り澄ました雰囲気の人だったのに。
「いつも見上げているので、不意に目が合うと驚いてしまうのだそうです……身長差が結構あるのですよ」
笑いをおさめて正面に向き直ると、彼はカップを持ち上げてお茶を飲み始める。
そういうこともあるのか。と、さらりと流そうとして……できなかった。
身長差は結構あるのに視線が合うことが当たり前になっているのは、相手がいつもエレネに合わせてくれているからなのだ。そう気付いた途端に、そわそわ落ち着かない気持ちになってしまう。
「……え……あ……なるほど……で……す……」
今はそんな事を考えている場合ではないのだと、何度も自らに言い聞かせる。動揺を抑え込むために、エレネがお盆をぎゅうっと一際強く抱きしめた時だった。
「そうか……私よりセラス・マイオスの方が身長は高いですね……」
静かにカップをテーブルの上に置いて、神官は目を伏せたままそう呟いたのだ。
まさに、冷水を頭の上からかけられたかのようだった。
声には出していないはずだ。洞察力に優れていると片付けるには、それはあまりに的確で……
(まさか、心を読まれた?)
高位の神官になれば、そういうこともできるということなのだろうか。それとも、それは彼だけが持つ特殊な能力なのだろうか。どちらにしても、それは絶対に秘匿されるべき事柄だ。それをわざわざ彼がここでエレネに知らせるような真似をしたのは……何故?
「私もあなたも、どれだけ隠しても普通には生きられません。時代や国が違えば我々は『魔女』や『悪魔』として迫害を受け排除される存在です。『アレス』や『神官』という言葉は異端者を守るためにある。……だから我々は、この国を命懸けで守らねばならないのですよ」
顔色を失っているエレネに、思わせぶりな視線を向けてから、神官はまるで何事もなかったかのように「……ああ、そうでした。ゲディンスのエレネに渡さなければならないものがあったんです」と、唐突に話を変えた。
「私の姉から、セラス・マイオスへの贈り物です。彼に渡しておいてください」
そう言って彼が傍らの椅子に置いてあった荷物の中から取り出したのは、前回エレネが彼にお茶を渡すために使った瓶だった。
――そして、その瓶の中身は空ではなかったのだ。
色々悩むくらいなら、本人に直接聞けばいい……と、自分に言い聞かせてみる。
あまり使い慣れていない母屋の調理場にエレネは立っていた。調理台の上には、神官から託された『セラスへの贈り物』が置いてある。
――彼の姉から、セラスに……
瓶の口には『どうぞ美味しく召し上がってくださいね』と可愛らしい文字で書かれたラベルが結び付けられていた。思わせぶりな一文だ。しかし、瓶の中に詰め込めるだけ詰め込まれているのは、セラスがかなり苦手としている野菜の水煮だった。
(……嫌がらせ?)
とも取れるのだが……どうなのだろう。もやもやする。少なくとも彼女はセラスが苦手な食べ物を知っているのだ。
三人分の夕食を準備しながらも、ついつい気になって瓶に目がいってしまう。セラスに渡してしまえばそれですっきりすると思うのに、彼はしばらくここには戻ってこられない。急な任務で少し離れた街に向かったのだ。直接そこから次の任務地に向かう可能性もあり……そうなると冬まで帰ってこないらしい。
「エレネさん、ナイフ持ったままで考え事をすると危ないよ?」
背後からためらいがちな声がかかった。そっと手からナイフを抜き取って調理台の上に置いたのは、『班長さん』ことケリー・マイオスだった。その背中には、馬車の中で彼女の膝を枕にして眠っていた少年がぴったりとくっついている。
今夜からはセラスに代わってケリーがエレネの護衛につく。セラスが使っている部屋は大変狭いので、三人で母屋の方で眠ることが決まっていた。
「おでこにさわるよ?」
一言断ってから、ケリーはエレネの額にあたたかい手を当てる。
紺色の軍服の上着の裾を握っている少年が、空っぽの瞳でじいっと二人の様子を見つめていた。
「うん、熱はないみたいだね。どうしたの? 調子悪いなら休む? 椅子を持ってこようか?」
「言っていることが全く同じです」
「寂しくなった?」
エレネは軽い冗談のつもりだったのに、ケリーは少し屈んでエレネと目を合わせると両肩に手を置いて心配そうに尋ねた。そこにエレネをからかおうという意図は全くない。彼女が心の底から案じてくれていることが真っすぐに伝わってくる。
「あの瓶が気になる?」
「……はい」
間違いなく顔に出ていると思うから、ここは素直に頷いておく。
「なら、今から荷物まとめて本人に確かめに行く? すぐに送り届けるよ?」
勢い込んでケリーはそう言った。何だか少し嬉しそうだった。
……ん? と、エレネは小首を傾げる。
これはまるで、エレネがそう言いだすのを待ち構えていたかのような反応では……
「………………まさか、これはそういう意図なのですか?」
「うん、そう。……アルゴさまからは黙っているように言われたんだけど、私は無意味な隠し事は嫌いだし、気持ちを試すようなこういうやり方も本当は好きじゃないんだ」
あっさりとケリーは白状して、背中にしがみついている少年の頭を優しく撫ぜた。彼は目を閉じて気持ちよさそうにしている。
「アルゴさまは、エレネさんが自分から外に出たいと思えるように、色々知恵を絞っているんだと思う」
「知恵を絞っているのではなく、策略を練っているのではないでしょうか……」
エレネはちいさくため息をついた。言われてみれば、いかにもアルゴが考えつきそうなことだ。
いずれこの企みが露呈しても、からかって笑いに変えてしまうつもりだったに違いない。そしてエレネも文句を言いながらも許してしまうのだ。
「でも、その瓶に関しては、エレネさんが副班長の口から直接聞くべきだと私は思うから、何も言わない。……副班長は何も知らされてないよ。可哀想だから」
「可哀想?」
「この状況で、それでもエレネさんに会いに来てもらえなかったら……さすがに心折れると思う」
つまり、結局はアルゴもケリーも、ここまでしても臆病なエレネがセラスを訪ねてゆく可能性は低いとみているということだ。
もし逆の立場だったら、とエレネは考えてみる。
例えばセラスが、知り合いの女性から、『兄からの預かり物』をエレネに渡してほしいと頼まれたとする。そして、それは『エレネの苦手な食べ物』で、しかも、まるで嫉妬を煽るかのような思わせぶりなメッセージ付き……
無視されたらさすがに……エレネもへこむかもしれない。
『ほら、エレネさんは私に全く興味がない』
何度か言われた台詞が耳に蘇った。セラスにそう思わせてしまうような行動を、エレネは彼に対して取り続けている。
(だって……怖い……から……)
しゅんと項垂れたエレネの頭を優しい手が撫ぜる。ケリーは片手で少年の頭を撫ぜて、もう一方の手でエレネの頭を撫ぜている。そうしてもらっている内に、なんだか安心してしまって肩の力がふっと抜け落ちた。
「怖いという気持ちはとても大切だよ? 自分を大切にすることに繋がるから。大丈夫、春までまだ時間がある。あらゆる状況に対応できるように、しっかり心の準備を整えておいた方がいい」
頭の上からケリーの手が離れてゆく。すると今度は別の手が恐る恐るといった感じでエレネの額の辺りをそっとひと撫でして、すぐに離れていった。
驚いて手の主の方を見ると、彼は「これでいい?」と言いたげな目でケリーを見上げていた。彼女の行動を真似たのだ。
この少年に対して、エレネはもう恐怖や不快感を抱いていない。あの時の従者と目の前の少年は全く別の存在なのだと理解している。
「……ありがとう」
エレネが目線を下げてお礼を言うと、少年はガラス玉のような瞳を向けて首を傾げる。どうしてお礼を言われるのかわからないのだ。……彼は空っぽだから。
『魂を奪われた空っぽの器』
ケリーは少年の今の状態をそんな言葉で説明した。
死霊術師たちは、己の身を隠すために、死者の体は勿論のこと生者の肉体すらも利用する。
シィエ村長は死霊術師の作り出した『魂のある器』だった。灰色の煙によって魂を閉じ込めた上で、死霊術師が体を乗っ取り操っていたのだ。一方、シィエ村長の息子は、ルーシアの遺体と遺恨を素材として生み出された『魂のない器』だった。
ケリーに頭を撫ぜてもらっているこの少年もかつては『魂のある器』だった。エレネの店を訪れた時、彼の体は死霊術師に乗っ取られていたのだ。
シィエ村長は意識が乗っ取られている間のことを、『酔っぱらって気が大きくなっているような状態に近かった』と説明していた。目の前の少年も同じだったに違いない。
どうして少年が『魂のない器』になってしまったのかはわからない。彼の魂が今現在どうなっているのかも全くわからない。
魂を失ってしまった彼は、感情というものが理解できず、痛みすら認識できない。だから、赤ん坊のように泣き喚いて不満を訴えることもないのだ。
ケリーが少年を常に身近に置いているのは、少年の体が再び死霊術師に乗っ取られてしまうことがないよう見張るためだ。そして彼女は、例えどんな状態になっていたとしても、彼の魂を必ず死霊術師の手から取り戻すと心に誓った……
そんな彼女の芯の強さが、エレネには少し眩しい。
「どうかした?」
エレネの視線に気付いたケリーが、少し乱れてしまった少年の髪を整えてやりながら尋ねる。
「ええっと……うまく言えるか自信がないんです。もしかしたら、班長さんを不愉快な気持ちにさせてしまうかも、しれなくて……」
「大丈夫だよ、私は嫌なことは嫌ってはっきり言うから。何か気になることがあった?」
さっぱりとした口調で先を促され、エレネは躊躇いながらも口を開いた。
「きっと、班長さんは、怖くて足の震えが止まらなくなってしまっても、私みたいに閉じこもったりしない。顔を上げて一歩ずつでも前に進んでいくんだろうなって……思って……それがちょっと羨ましくなってしまったというのか……」
エレネが言葉を選びながらそう告げると、彼女は名前を尋ねた時のように驚いた顔をして……頬を赤らめた。
「うん……ありがとう。私はそういう自分でありたいとずっと思っているんだ!」
声が弾んでいる。少年が不思議そうな顔をしてケリーの頬に手を伸ばした。指先に触れた熱に驚いたように手を引っ込め、次に自分の頬に手を当ててみて、その温度差に首を捻っている。
「でも、誤解されることも多いんだよね。副班長と一緒で」
「誤解、ですか?」
「私は『加護持ち』だから一般的な人間より頑丈なんだよ。だから痛みや恐怖なんて全く感じないだろうって言われることが多い。そういう存在であるように周囲から求められていると感じることもある。上に立つ者が恐怖で震えていたら隊員の士気に関わるからね。でも、強さだけを求められることが、時々しんどくなるんだ」
痣の残る手が再びケリーの頬に伸ばされる。その手をそっと握って自らの頬に当てるとケリーは目を閉じて微笑んだ。
「だから、エレネさんの言葉は、がんばりを認めてもらえたみたいで嬉しかった」
まさかそんな風に感謝されるとは思っていなかったエレネは、どう返していいのかわからず、うろたえてしまう。
「でも、私も班長さんの強さを目の当りにしたら、他の方と同じように、恐怖心のない人だと思い込んでしまったかもしれません……」
エレネは彼女がとても強いことは知っているが、実際に見たことがあるのは訓練だけだ。そういう時の彼女は余裕があって、相手の攻撃をただひたすらに避けている。本気で戦っているところをまだ一度も見たことはない。
「絶対にそれはないよ。だってエレネさん、副班長に何の疑問も持ってないから」
少年の手を離して、自信に満ち声でケリーはそう言い切った。
「それはもしかして、……彼が石杭を抜いたことに関係しますか?」
恐る恐るエレネは尋ねる。ずっと気にはなっていたのだ。セラスはおばあちゃん二人が乗った荷車を普通に引いて歩いていたし、エレネが全く持ち上げられなかった木箱を軽々と運んでいた。さらに、あの石杭だ。
彼はあっさりと抜いていたけれど、石杭が抜き取られたことに気付いたシィエ村長は、驚愕に目を見開いていた。あれは一人で持ち上げられるようなものではない。
「それに関して何か思うことはある?」
「聞くタイミングを逃したというのもあるのですが、もしかしたら私のせいかなと……思い当たる節もありまして、怖くて聞けなくてどんどん後回しに……」
答える声がどんどんか細くなってゆく。ここ最近、言い訳ばかりしている気がする。肩を丸めて小さくなったエレネを、微笑ましいなぁという表情でケリーが眺めていた。
「なるほど、そういう風に考えていたんだね、エレネさんは」
「ひょっとして、そういうところがあの『私に興味がない』発言に繋がって……?」
「うーんどうだろう? ……その辺りも確かめるために、今から会いに行ってみる?」
ごく軽い調子で再び誘われたのだが、エレネはどうしても首を縦に振ることができなかった。
「…………あ……の、寂しいから会いに来ましたなんて、恥ずかしすぎて無理です……」
やっとの思いでそう返すと、ケリーは大きく目を瞠ったまま動かなくなった。
「……あぁ、……うん、そっちなんだ。結局その瓶のことなんて、エレネさんにとってはどうでもいいんだね」
冷静にそう指摘されて、エレネの頬は先程の彼女に負けないくらい真っ赤に染まった。




