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話したくない理由

「ね、トラメル。私、貴方のこと知りたい」

「……は?」






シーズタインとの交渉も、無事に終わった後である。いつものように監獄をひやかして回っていたトラメルに、ぴょこぴょこと歩いてきたシアは、そう言ったのだ。


手を後ろで組んで。シアは、宝石のように赤く大きな瞳を輝かせながら、トラメルのことをじっと見てくる。


「今回の交渉で思ったの。私、あんまりにも知らないことが多いなって。手始めに、貴方のことが知りたいわ」

「それは」


今から食べる肉の産地を知る的な?


などという無粋なツッコミを思い浮かべていたトラメルだが、シアの瞳があんまりにもキラキラしているのでやめた。くるりと、踵を返して、右手をひらひらと振ってやる。


「残念。俺は、秘密主義なんだよ。情報料は高くつくぜ」

「トラメルって、昔は病弱だったの?」 


カッコつけたのに、当たり前のように後ろをついてくるシア。トラメルは、振り返りもせず、逆に聞いてやる。


「……病弱だったら?」

「今、健康でいてくれてありがとっ」


見なくてもわかる。シアちゃんは、おそらく、太陽のような笑みを浮かべている。


「そうじゃなければ、私と出会えなかったから」


変なシアだ。この変な調子に、リハンもペースを崩されたのだろう。だから、シアが考えつかなかった不敬罪を、リハン自ら口に出すように、交渉を誘導した。


この変な少女は、負け確の交渉を、ひっくり返したのだ。というか、ひっくり返させた。


トラメルは、頭を掻いた。


「べつに、病弱ではなかったよ。寧ろ体力は有り余ってた。病弱っていうのは……」


これは、言っても良いのだろうか。言葉が止まる。言葉が止まると妙に勘繰られそうだが、シアの辞書には勘繰るとか無さそうだからいっか。


「今、失礼なこと考えてるでしょ」

「びっくりした、勘繰られた」

「茶化してないで教えてよ」

「……病弱っていうのは、俺が、すぐに殺される予定だったからだよ」


ちっちゃな頃のトラメルの世界は、お母さんのいる部屋と、真白の花の咲く庭だけだった。


「殺す予定の人間を、外部の人間から遠ざけるには、何か理由がいるだろ? だから、病弱なんだよ」

「どうしてトラメルは殺される予定だったの?」

「そりゃ、どう考えてもいらないでしょ。高貴でもない血筋の母親から生まれた子供なんて」

「そうかしら。別に、血が美味しければなんでもよくない?」

「それは、シアが吸血鬼だからだよ」


トラメルは笑ってしまった。


シアの答えは、実は、トラメルには予想できていたのだ。


「俺の血が美味くて良かった。ああそうだ」


ここで、トラメルは、良いことを思いついて、振り返った。


「クソ兄貴達の血も、俺と半分は同じだから、シアの舌に合うかもしれない……よ?」


言い切る頃には、シアは、むっすぅーとしていた。しまった、義兄弟生贄作戦がバレてしまっているのか。


「トラメルより美味しい血なんて、あるわけないじゃない」

「いやそれは、他の人の血を飲んだことないからで……」

「他の人の血が美味しくても、トラメルが一番美味しいの!」

「それは論理破綻だろ」

「破綻してない、私の中では!」


などと言って、シアちゃんは、どかどかと足音を立ててトラメルのところから去ってしまった。


  


ぽつんと取り残されたトラメルは、新たな足音の方向に耳をすませた。


「……今のは、トラメル君が悪いなぁ〜?」


最悪である。酒臭え飲んだくれさんが、ワインボトル片手に、トラメルの肩をばしばし叩いた。


「なぁにじめじめした監獄で甘酸っぱい雰囲気出してんだよトラメルぅ」

「肝臓の影響が鼻にも出始めましたね、飲んだくれさん。どこが甘酸っぱいんですか、獣臭さの間違いでしょ」

「お前、そんなこと言ってたらマジでモテないぞ……」

「熊にモテて嬉しいと思いますか?」

「ありゃ熊じゃない、女の子だよ?」


トラメルの肩を抱いたまま、爛々とした目で。飲んだくれさんは、にたりと笑った。


「ちっちゃい頭に大きなお目目。細い手足に、ほどよいくびれ。熊じゃない、女の子だ」


ドクター・恋愛脳は女性、シャーロットちゃんは男性。そして飲んだくれさんは、誰彼構わず、だ。


トラメルは、溜め息を吐いた。ぱしっ、と、飲んだくれさんの腕を払いのける。


「俺は飲んだくれさんと違って、殺人鬼目線で見てないんで。人道的目線で見て、シアのことを熊って言ってるんですよ」

「それは、人道的っていうのか……?」


なんか、ドン引いた顔をしている飲んだくれさん。殺人鬼がドン引くな。


「俺の目線から見れば、お前ら、なかなか良い線行ってると思うんだけどな? まあ、おじさんのお節介か」

「その通り過ぎるんで、マジでやめてください。おじさんが伝染(うつ)るので離れてもらっていいですか?」

「……泣いていい?」




実際にメソメソ泣き始めた飲んだくれさんは、「いずれはお前もおじさんになるんだぞ! いや、ならないかもしれないな、なぜなら」などと、不穏な言葉を喚いていた。


トラメルは、テクテク歩きながら、強引に気分を盛り上げようと鼻歌を歌おうとするが、なかなか良いメロディが出てこない。

心の中のダフィンは、トラメルの問いに返事をしてくれないし。


ーーなんで俺は、ドタコンには生い立ちを話せて、シアにはあんまり話したくないんだろ。


弱みを握られないため? それなら、ドタコンに話した時点で終わってる。


鼻歌が出来始めた、ところで、トラメルはポツリとつぶやいた。


「……血が美味しければなんでもいい、か」


目を閉じる。


暗闇。誰かの優しい言葉と、シーツの感触。

教会の外には、お母さんのお墓が建っている。トラメルは、誰かの優しい言葉から逃げ出した。


ーー許してほしくなかったからだ。


目を開けて、自嘲した。


「そっか」


だから、吸血王には話せて、シアには話せなかったのだ。 

「全部、許してくれちゃうもんなぁ」 


そんなの、絶対ダメに決まってる。

 





「そうだよ、ダメに決まってるだろぉ? お前らみたいな劣等種が、高貴な王族の傍にいることは?」


表情筋のよく動く男である。目玉を剥いているのが、どうしようもなく不愉快だ。


レッサリアのことは愛しているが、任務はできるだけ遠くが良い。恋しやソドニア。これを思えば、あの愚かなイザリを持ち上げることなんて、造作のないことに思える。


ばったり会ったヴァレルの天敵は、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。


「なあ、聞いてるのか、諜報員の陰キャさんよぉ? 会話は苦手か? 暗号使いすぎてふつーの言語使えなくなっちゃった?」

「そんなことはありません。お帰りになられていたのですね……ハドリッド大尉」

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