第002話 人生
寮の部屋に戻ると、片付けをしていく。
「それでぇー? ヘッドハンティングされたわけかー?」
本をひもで縛っていると、目の前に蝶々のようにパタパタと飛ぶ本が聞いてくる。
世にも珍しいしゃべる本であり、昔、古本屋で買った魔導書だ。
家に帰ったらしゃべりだしたのでびっくりした記憶がある。
とはいえ、特に親しい人がいない俺には唯一と言っていい家族であり、友人だ。
「ああ……色々とありすぎて、脳が混乱している状況だ」
「ふーむ……クビになって絶望と思いきや、次の就職先が向こうから転がり込んできたわけだからな。できすぎている」
「だろ? 何かの罠かなって思う」
敵国の密偵だし。
ただ、向こうも俺がクビになったことは把握してなかったように思う。
普通にびっくりしてたし。
「どうすんだよ? 夕方までに決めないといけないんだろ?」
「別に夕方までとは決まってない。あとからでもいいって言ってたし」
「お前は先延ばしにする悪い癖があるから今日中に決めろ。明日からの仕事もないわけだし、泊まるところもないだろ」
まあ、貯金はあるし、宿屋に泊まればいいんだが、先延ばしにする悪い癖は否定できない。
「エルはどう思う?」
このしゃべる本のことをエルと呼んでいる。
理由はエル・なんちゃらっていう本だからだ。
古い本なので、なんちゃらの部分がかすれて読めない。
「悪くないとは思うぜ。どうせ何も失うものがないなら飛びついても良いと思う。条件も悪くないんだろ?」
「ああ。基本給が月に50万ロットだ。それに歩合がプラスだって。騎士団の給料と変わらない」
ロットは通貨の単位だ。
多少は違うが、だいたい円と同じで考えている。
「まあまあだな。元のお前の給料が微妙っていうのはあるが」
「平だったから仕方がないだろ。それに最近はロクな仕事が回ってこないから特別給がなかったんだ」
50万ロットなら普通に考えれば高給取りだ。
しかし、王国の騎士団としては安い。
それもそのはずであり、騎士団は基本給に色々と手当てがついたり、役職でどんどんと上がっていくものなのだ。
「情けないねー。でもよー、地方の治安維持隊ではこの半分ももらえないぜ? お前もいつかは嫁さんをもらって子供をこしらえるわけだ。残せるものは残してやるもんだぜ?」
いつか、な……
そう思って、何十年経つだろう?
「まあ、その辺はまだわからんが、金があるのは良いことだ」
特に俺は奨学金という名の借金に苦しめられ、今世でも孤児できつかったから余計にそう思う。
「じゃあ、受けろよ」
「問題はアルケインってことだ。敵国だぞ? ここ最近は大きな衝突はないが、昨年は国境付近で小競り合いがあった。そんなところに行くのか? 二度と帰ってこられないぞ」
「帰ってくる必要があるのか?」
ないけども。
お世話になった孤児院の先生も数年前に亡くなっている。
まあ、90歳だったし。
「なあ、エル。悪いが、お前が決めてくれ。俺は判断が付かない」
「ダメだ。お前が決めろ。お前の人生はお前のものだ。俺はアドバイスはしてやるが、決断はしない。本だぜ?」
そうか……
「うーむ……」
「じゃあ、アドバイスだ。お前、これからどう生きたい? 漠然とでいいから目標みたいなものはないのか?」
「目標ねー……」
今思えば、そういうのを考えなかったのがマズかったのかもしれない。
「何でもいいぞ。美味いものを食べたい、人を斬りたい、女を抱きたい、惰眠を貪りたい、怠惰に生きたい、嫁さんや子供が欲しい、老後は孫と遊びたいとかな」
1つ、物騒なのが含まれてるな。
「人を斬りたい以外はそんなところかねー……」
普通の願いだ。
早起きが習慣づいているし、惰眠は別にいらないけど。
「じゃあ、その辺だな。別に全部じゃなくてもいい。そう思った時にヘッドハンティングの話を受けるか、受けないかだ」
「まあ、受けた方が良いな。無職じゃ怠惰以外は無理だ」
ふむ……つまりそれが答えか。
「どうするんだ?」
「受けてみるか。無理そうならまた違う道でもいい」
「そうそう。人生は何度でもやり直しが利くんだぜ?」
実際、別世界でやり直してるしな。
「よし。決めた」
「ああ。お前はもうちょっと欲を出した方が良いぜ?」
そうかもな。
俺は趣味である大量の本をまとめると、魔法のカバンに収納していく。
これは容量以上にものが収納できるアルケイン産の魔導具である。
俺は騎士団で剣を振るう人間だが、子供の頃から未知の力である魔法が好きなのでこういうものを持っている。
エルを古本屋で買ったのもそういう経緯だ。
本を詰め終えると、日用品なんかも収納する。
ただ、本と比べると、そこまで多くないので昼前には片付けが済んでしまった。
「さて、夕方までどうするか……」
「挨拶する人もいねーしな―」
そうなんだよな……
「ここにいても仕方がないし、駅に行くか」
「ま、いいんじゃね。他の同僚に会いたくないだろ」
「まあな」
カバンを持つと、立ち上がり、部屋を出た。
そして、さっさと寮を出ると、街中を歩いていく。
「思うことはあるか?」
腕の中にいるエルが聞いてくる。
「不思議とない……俺はここで何を成しえたんだろうな?」
「多くの人を救っただろ」
かもな。
「エル……俺はもう少し、自分のために生きたいと思う」
「なんでそう思った?」
「確かに人を救った。魔物も暴漢も敵兵も斬った。仕事をし、自分なりに国のために尽くしたと思う。ただ、それしかないんだ。ここには俺自身の思い出がない」
だから思うことがないのだ。
30年もここにいるのに。
「逆にクビになって良かったじゃねーか。こんな国、おさらばしてせいせいするって思え。人間、求められているところに行くもんだぜ? それに人間は無限の可能性があるんだよ」
良いこと言うな。
「行こう。もしかしたら俺も魔法が使えるようになるかもしれん」
魔法剣士になろう。
「わりーな。そりゃ無理だ」
おい、無限の可能性はどこ行った?
秒で消えたぞ。
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