第001話 クビ、そして……
新作です。
前世を信じるだろうか?
昔、孤児院の先生にその話をしたら、他所ではしないようにと言われた。
まあ、それもそうかと思った。
以降は他の人間には言わないようにしてきた。
俺には前世の記憶がある。
ただ、それはけっして良い記憶ではなかった。
生まれた時代が良くなかった……そう思いたいような時代だった。
奨学金を借り、私立とはいえ、そこそこ良い大学に入った俺に待っていたのは就職難の冬の時代だった。
何社を受けたのかも覚えていない。
いや、途中から数えるのをやめたので記憶していないという方が正しい。
心が折れそうだったのだ。
途方もない数を受けた俺に待っていたのは大量の【今後のご活躍をお祈りします】というメールとフリーターの肩書だけだった。
そこからは必死に働いた。
奨学金を返すために働かなければならなかったのだ。
フリーターや派遣で色々な仕事をしたのだが、年齢が上がっても給料は上がらない。
でも、いつか逆転の日が来ると思い、がむしゃらに働いた。
そして、逆転の日は来た。
40歳の時に良い話をもらう……そう、派遣から正社員に昇格したのだ。
ただ、そこでもまた、理不尽と思えることを感じた。
俺はそこそこのキャリアがあったのだが、まだ何も知らない新人と40歳の自分の給料が同じという事実だ。
これはいったい何だろうと思った。
何故、時代が違うだけでこんなことになるんだろうと思った。
時代か、政治か、はたまた自分自身が悪いのか。
そう悩み続けながら働き、奨学金を返し終わった時にはすでに50歳が近づいていた。
そして、親を病気で亡くした時に気付いてしまった。
伴侶や子供どころか彼女もいない……楽しいこともない……はたして、自分が生きる意味は何だろうと思った。
そんなある日、会社の上司に呼び出され……
「レオン・ ヘルフェリヒ!」
自分を呼ぶ声にはっとなり、意識が戻ってきた。
「はい。団長」
「聞いているのかね?」
上司である騎士団の団長がデスクに肘をつき、呆れながら聞いてくる。
「申し訳ございません」
騎士団で言い訳はご法度だ。
「まったく……レオン、君はいくつになった?」
「30歳です」
「そうか……レオン、私は君に感謝しているよ。騎士団に入った当初はよく活躍してくれた。まさしく天才だと思ったものだ」
「恐縮です」
剣の腕には自信がある。
それだけはあるんだ……
「しかし、最近はまったくダメだな」
それは仕事が俺に回ってこないからだ。
俺じゃなくてもできる警備の仕事や雑用……そんな仕事ばかりしか回ってこないから……
「申し訳ございません」
「ハァ……君の同期は出世しているぞ。中には王宮で働く者もいる」
俺に最も欠けていたものはそこだ。
もうわかっている。
前世というアドバンテージがあっても持っていなかったもの。
一言で言えば、円滑な人間関係……
前世でもそうだった。
就職でも、仕事でも、上手くいかなかった。
上司に取り入ったり、好かれたり……いや、部下からもそうだったと思う。
俺は社会に向いていないのだ。
「申し訳ございません」
「そればかりだな。まあいい。レオン、明日から来なくていい」
一瞬、目の前が真っ暗になる。
先ほど、もう何年も思い出さなかった前世の記憶がフラッシュバックした理由がわかった。
あの時と同じだからだ……
「クビでしょうか?」
「そうなるね。とはいえ、私も鬼ではない。地方の警備隊の仕事を見つけた。そこに行ってはどうかな?」
誉ある王国騎士が地方の警備……
団長は俺にはそこがふさわしいと思ったのか。
もう1つ、俺が上手く生きられない理由がある。
ちっぽけなプライドだ。
「いえ、次は自分で探します」
「そうかね? まあ、君の人生だ。幸い、養う家族もいないし、好きにしたまえ」
余計なお世話だ。
「失礼します」
「あ、今日中には寮から出たまえ。というか、30歳になっても寮って……君くらいだぞ」
別に年齢制限はないんだからほっとけ。
俺はちっぽけなプライドによるささやかな抵抗で団長を無視し、礼もせずに退室する。
そして、同僚から遠巻きに見られているなというのを感じつつ、騎士団の屯所をあとにした。
「ハァ……」
途方に暮れつつ、騎士団の寮に向かう。
明日からどうするか……
仕事を見つけないといけない……
脳裏に色んな考えが駆け巡る。
それに団長は家族がいないといったが、俺にも一応は同居人がいる。
まあ、人ではないんだが……
どうしようかなーと思いながら近道の路地裏に入ると、何か嫌な気配がしたのでちらっと後ろを見る。
「ほう……すばらしいですね」
そこには黒髪の男が立っていた。
紳士服を着ており、体型がすらっとしている。
戦士ではなさそうだが、異様な雰囲気がある。
絶対に一般人ではない。
「密偵か?」
腰の剣に手を伸ばす。
しかし、途中で止まった。
密偵なら捕えないといけない。
ただ、それはさっきまでの自分だったらの話だ。
今はただの職なしの一般人でしかない。
「おや? 剣を抜かないので?」
「必要ないと判断した。それでお前は何者だ?」
「レオンさん、少しお話をいいですか?」
俺を知ってる?
マジで密偵かもな。
「明日でもいいか? 俺はこれから寮に戻って片付けをしないといけない。今日中には出ないといけないんだ」
「あ、お引越しでしたか? それはちょっとタイミングが悪かったですね」
「引っ越しは引っ越しだな……」
ハァ……
「あの、どうされたんですか?」
「クビだよ」
「はい?」
「クビを言い渡されたんだ。解雇だ、解雇」
2回も言わせるな。
「ほう……!」
なんで嬉しそうな顔をするんだ?
すげームカつくぞ。
「失礼だな」
「あ、確かにそうでした。謝罪します」
男が深々と頭を下げた。
「別にいい……ちょっと当たっただけだ。そういうわけだから明日にしてくれ」
密偵なら嫌がらせに色々と話してやろうか……いや、バレたらヤバいな。
今度はクビじゃなくて、本当に首が飛ぶ。
それにいくらなんでもそこまではできない。
「いえ、ほんの少しだけお時間をください。5分程度です」
まあ、まだ朝だし、5分なら誤差か。
出勤して、いきなり言われたからな。
「何だ?」
「私、こういう者です」
男が名刺を渡してくる。
そこには男の名前と役職が書いてあった。
「ネイサン・エズモンド……アルケイン王国の商人か」
アルケイン王国はこの国の隣国であり、敵国だ。
その商人……いや、商人には見えんぞ。
「偽名ですけどね。本名はルーファスです。ま、お察しの通り、密偵の類ですよ」
やはりか。
「そうか。数十分前だったら捕らえる立場だったが、今は無職だ。運が良かったな」
「ええ。とても。密偵の類と言いましたが、実は調査に来たわけではないのですよ」
「何だ? 俺に会いに来たのか?」
名前を知ってたし。
「はい。あなたに……レオンさん、次の就職先は決まってますか?」
嫌味か?
「地方の警備隊の話があったが、断ったな」
「当然です。最強と誉れ高い騎士団に所属し、天才と呼ばれた魔斬のレオンにはふさわしくありません」
懐かしい名だ。
「その結果が無職だがな」
職斬のレオンになるか?
ははは……クソッ!
「レオンさん……私と一緒に来ませんか?」
……ん?
「……どこに?」
「もちろん、魔導国家アルケインです。ぜひ、我が国であなたの剣を振るって頂きたい」
アルケイン……隣国の敵国で魔法大国……
「いや、俺、魔法は使えんぞ」
「関係ありません」
ふん。
「俺はこの国で生まれ、この国で育った。剣の道に進み、国のために尽くしてきた。お前らの国との戦争にも参加した。そんな俺が敵国に寝返れと?」
「その結果、クビになったじゃないですか。それに寝返るも何も……」
うん……
「し、しかしな……」
「レオンさん、あなたは誰のために生きているのですか?」
ルーファスの言葉が俺の胸に強く刺さった。
「誰のため……」
「家族はいませんよね?」
「あ、ああ……」
「国のために働くのは良いことですし、王国軍所属の私も推奨します」
軍か……やっぱり密偵。
いや、そんなことはどうでもいい。
「そうだな。騎士は国家のために尽くさないといけない」
「でも、国はそんなあなたをいらないと言った。だったらあなたも自分のために生きるべきです」
そ、そうだよな……俺はいったい何にすがっているのだろう。
結局、前世から何も成長していない。
い、いや、正社員になれたのが嬉しかったんだ。
長いこと、派遣だったし、今世ではちゃんとした職に就け、自慢の剣を振るえたことが嬉しかったんだ。
それでいて、給料も良かった。
しかし、上手くいかなかった。
「……あんたは自分のために生きているのか?」
「んー? まあ、そうですかね? 妻と可愛い娘がいるのでそっちですけど」
勝ち組かよ……
「自分のため……か」
しかし、アルケインだ。
敵国はいくらなんでもマズいんじゃないか?
騎士団で10年以上も騎士として、陛下に仕えていたんだぞ。
それが昨日の今日どころか、今日の今日で敵国に寝返るのもな……
「レオンさん、本日の夕方に駅でお待ちしております」
え?
「本日?」
「さすがに長居はできませんので。あ、あとからアルケイン王都にいらして頂くのは結構ですよ。元からそのつもりでしたし。ただ、即決なら一緒に行けるなと思っただけです」
夕方……まあ、荷物を整理しても十分に間に合うが……
「さすがに考えさせてくれ」
「わかりました。それでは16時の便で発ちますので。それまでに……あ、採用条件ですが、これほど……」
ルーファスが一枚の紙を渡してくる。
そこに書かれていた内容を見て、ごくりと息を飲んだ。
「あ、ああ……」
「では、色よい返事を期待しています」
ルーファスは恭しく頭を下げると、立ち去っていく。
俺はそんなルーファスをまったく見ることもせず、ただただ紙を見ていた。
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