第011話 出勤
翌日、5時前に起きた俺は部屋を出て、階段を下りる。
受付にハンナはいなかったが、食堂の方からは人の気配がした。
仕込みかなと思いながら廊下の方に行き、アリアが言っていた扉から中庭に出た。
中庭は井戸があるくらいで他には何もなく、十分なスペースがあったので鞘のままの剣を振っていく。
ただただ夢中で振り、数十分ぐらいで何も感じないようになる。
1時間くらいが経つと、汗をかき始めたのでシャツを脱ぎ、今度はスピードを落としてゆっくりと剣を下ろす動作に変える。
すると、背後で扉が開き、人の気配を感じた。
「おはよう」
挨拶されたのでチラッと見ると、眠そうなアリアが立っていた。
髪の毛が跳ねているし、白シャツに短パンだ。
起きたばかりだろう。
「おはよう。借りてるぞ」
「どうぞ。いつもやってるの?」
「基本的にはな」
仕事や体調のこともあるのでやらない時もあるが、ほぼ毎日だ。
雨でも雪でもやる。
「大変ねー」
「そうでもない。10年以上もやっていれば慣れる」
「ふーん……遅くない?」
俺の剣のことだろう。
「今は型を確認する素振りだ。さっきまではがっつり振っていた」
「えっと……何時からやってるの?」
「5時」
「……す、すごいわね」
騎士に限らず、戦士はこれが普通だ。
多分……
「アリアもやってみるか? 良い運動になるぞ」
「ちょっと貸してよ」
アリアがこちらに来たので剣を渡す。
すると、アリアが見よう見まねで構えた。
ふらふらしているし、申し訳ないが、剣が似合わないなと思った。
「重いだろ」
「そうね。こうやって剣を立ててみると、急に重く感じる」
アリアが騎士のように剣を立てた。
しかし、本当にふらふらだし、とてもではないが、振れそうにない。
昔、ゲームで魔法使いも剣を持てるし、装備できると思っていたが、今は絶対に無理だなと思う。
「自分の杖の方が良いかもな」
「そうね。私には無理だわ。返す」
「ああ」
アリアから剣を返してもらう。
「うーん……服の上からではわかりづらかったけど、あなた、かなり鍛えているのね。すごいわ」
アリアが俺の身体を見る。
「鍛えているからな。それに体作りも意識している。筋肉を大きくすると、ケガのリスクは増えるんだよ。戦場でケガは死だ」
そう言って、剣を振った。
「へ、へー……いや、ホント、すごいわ。鋼の肉体ね。本物の騎士様って感じがする」
アリアがうんうんと頷く。
「鍛えた結果だな。こっちの仕事でもなんとか役立てたい」
「良いと思う……っと、準備しないと。レオンも遅れないようにね。8時には出るわよ」
「ああ」
一緒に行くのかとは聞かなかった。
もう少しだけ、素振りをすると、部屋に戻り、シャワーを浴びる。
そして、着替えると、1階に下り、食堂に入った。
食堂はいくつかのテーブルとカウンター席があるくらいでそこまで広くない。
ただ、住人か客かはわからないが、結構、埋まっていた。
「おう! 空いてるところに座りな! ハムエッグセットで良いか?」
キッチンの方からガタイの良い男性が出てきた。
「ああ。それで」
頷くと、カウンターに座る。
「……ひひっ。アリアと目元が似てるな」
カウンターに置いたエルが笑う。
「親子なんだからそうだろうよ」
少しすると、ハムエッグとパン、それにスープのセットが来たので食べ始める。
非常に満足のいく味だし、ボリュームもある。
アパートの部屋としても悪くないし、料理も美味いなら8万ロットは得だ。
そう思いながら朝食を食べ終えると、食堂を出て、自室に戻る。
時計を見ると、7時55分だったので昨日もらった腕章を左腕につけた。
「似合ってるぜ」
「そうか? ちょっと引き締まる気がするな」
それに新しい職場なんだなとも思える。
「頑張んな」
「ああ」
頷くと、部屋を出て、階段を下りる。
すると、ちゃんと髪も整え、昨日と同じローブを着たアリアが受付の前で待っていた。
「あ、来た、来た。はい、これ。お弁当」
アリアが籠を渡してくる。
「ああ。ありがとう。ハンナもありがとう、助かる」
籠を魔法のカバンに入れると、受付にいるハンナに軽く頭を下げた。
「いいってことよ。仕事、頑張んな。アリアもね」
「もちろんよ。じゃあ、行ってくるわ」
俺達は宿屋を出ると、治安部の部署に向かう。
「アリアの弁当は?」
「私は空間魔法があるもの」
異空間にものを収納する魔法だ。
要は魔法のカバン。
「アリアは優秀な魔法使いなんだな」
「どうかしら? そこまで珍しい魔法じゃないわよ」
「ちょっと出してみてくれよ」
「んー? こう?」
アリアの手に俺が受け取ったものと同じ籠が現れる。
「初めて見たな。やはりすごい」
「ヴァルテンブルクはねー……あ、でも、空間魔法ならレオンでもできるかも? 外に出す魔法じゃないもの」
ほう!
「本当か?」
「多分!」
多分、か……でも、試してみる価値はあるな。
それにもし、できたら空間魔法に限らず、他の外に出さない魔法も使えるようになるかもしれない。
アリアは外に出せる人間が魔法使いと言っていたが、俺にとっては空間魔法を使えるだけで十分に魔法使いと呼べる。
「教えてくれ。金はいくらでも払う」
「いや、そんな大層なことじゃないから」
アリアが笑いながら顔の前で手を振った。
「そうなのか? 魔法使いに師事するのは難しいと聞いている」
行商人に聞いた。
「あー、まあ、それはそうかも。でも、私自身がそんなレベルの魔法使いじゃないし、空間魔法も学校で習ったしね。習得できるかもわからないし、別にお金はいいわよ。あ、魔導書を見せてくれればいいわ」
アリアは明るい笑顔で頷いた。
ハンナも親父さんもこんな笑顔だった。
良い親に育てられた本当に良い子だと思う。
「助かる」
俺も魔法が使えるかもしれない。
そう思うと、心が軽やかになる気がする。
「いーえ。こういうのはお互い様なのよ」
笑顔でウィンクしてきたアリアを見て、この子となら新しい職場でも上手くやれそうだなと思った。
前世の職場でも、騎士団でも、こういう悪意のない善性を感じる人間とあまり縁がなかったから……
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