第九十二話 ぐうたら三男、保存食を魔改造する
翌朝。
王都拠点の工房区画には、珍しく朝から人が集まっていた。
机の上へ並べられた大量の保存食。
干し肉。
乾燥パン。
携行スープ材。
軍用乾燥粥。
そして。
レイの露骨に嫌そうな顔。
「うん」
干し肉を齧る。
「硬い」
「まあ保存食ですし」
エミリーは冷静だった。
「味薄い」
「保存優先ですからね」
「ボソボソする」
「そういうものです」
全方向から駄目出しだった。
◇
未到達地帯遠征。
最大の問題の一つが補給である。
中央部へ近づくほど魔素濃度が乱れ、通常の輸送術式や保存術式が不安定になるらしい。
結果。
長期行動では携帯食料が極めて重要になる。
「つまり」
レイは真顔で言った。
「飯がまずい」
「結論そこですか」
セシリアが呆れる。
今日は彼女も呼ばれていた。
なお半分くらい巻き込まれである。
◇
「いやでも重要だろ」
レイは力説する。
「長期探索で飯まずいとか士気死ぬぞ」
「まあ、それはそうですが……」
「実際、遠征部隊では食事問題かなり重要なんだ」
教授も珍しく同意した。
「栄養不足より精神疲労の方が先に来ることもある」
「ほら」
「そこでドヤ顔されても」
エミリーが呆れる。
◇
アリアは乾燥パンを観察していた。
「硬度過大」
「言い方」
「味低」
「率直」
最近、食関連になると妙に語彙が増える。
レイは乾燥パンを机へ置いた。
「というわけで改良する」
「嫌な予感しかしません」
エミリーが即答した。
◇
「まず問題点整理」
レイは紙へ書き出していく。
・硬い
・味薄い
・水分ない
・栄養偏る
・保存術式効率悪い
「意外と真面目ですね」
「飯には真面目だぞ俺」
本気だった。
◇
「で、どう改良するんです?」
セシリアが聞く。
レイは少し考え。
やがて指を鳴らした。
「圧縮保存式」
「はい?」
「魔素保温」
「水分固定」
「あと味保持」
「簡単に言ってますけど、かなり難しいですよ?」
「にほんご使えば余裕」
「出た」
周囲が微妙な顔になる。
“にほんご”。
レイだけが扱える古代魔語。
もう周囲は大体諦めていた。
◇
レイは魔石板を取り出した。
そこへ古代魔語を書き込んでいく。
滑らか。
高速。
現代術式とは構築速度が別次元だ。
「相変わらず意味分からない速度ですね……」
セシリアが引き気味に呟く。
「古代魔語効率高」
アリアが補足した。
「管理文明基準術式」
「つまり現代が非効率ってこと?」
「肯定」
さらっと文明格差を突き付けるのやめてほしい。
◇
術式完成。
レイは干し肉へ魔法陣を刻む。
「――『保温』『水分保持』『味固定』」
淡い光。
次の瞬間。
干し肉から普通に良い匂いが漂った。
「……え?」
セシリアが固まる。
「なんで?」
「温めた」
「いや意味分からないんですが!?」
教授が興味深そうに覗き込む。
「魔素循環固定か」
「熱量保存式と水分循環術式を同時展開してるね」
「よく分かりますね教授」
「研究者だからね」
「便利だなぁその言葉」
◇
レイは干し肉を一口食べた。
「お」
「どうです?」
「普通に美味い」
「成功?」
「成功」
エミリーも試食する。
「……あ、本当ですね」
柔らかい。
温かい。
普通に食べられる。
というか軍用携帯食としては革命的だった。
◇
「これ量産できません?」
セシリアが真顔になった。
「遠征軍絶対喜びますよ」
「面倒」
「でしょうね!」
だが実際、価値は高い。
長期遠征用保存食の問題をかなり解決している。
◇
「さらに改良する」
レイは次の術式を書き始めた。
「今度は?」
「携帯スープ」
「嫌な予感しかしません」
エミリーの予感はだいたい当たる。
◇
一時間後。
机の上には妙な物体が並んでいた。
小型魔石入り保存容器。
乾燥具材。
圧縮スープ材。
魔素保温式容器。
完全に文明レベルがおかしい。
「……ドルーゴ製品って本当に頭おかしい性能してますよね」
セシリアが遠い目をする。
「快適生活追求しただけなんだけどなぁ」
「結果がおかしいんです」
◇
アリアはスープを飲んでいた。
「高評価」
「お、珍しい」
「味良」
「そこ大事なんだ」
「重要」
完全に食文化へ染まっている。
◇
その時だった。
コンコン。
工房扉が叩かれる。
エミリーが開けると。
そこには見慣れたスラム街の子供たちがいた。
「あ、レイ兄ちゃん!」
「また来た!」
「お腹すいたー!」
騒がしい。
元気。
レイは少し笑う。
「なんで飯時に来るんだお前ら」
「匂い!」
「なんかいい匂いした!」
「鼻良すぎだろ……」
◇
子供たちは遠慮なく工房へ入ってくる。
すっかり慣れたものだった。
以前なら警戒していたアリアも、今では普通に席を空けている。
「食事追加必要」
「お前も馴染んだなぁ」
「環境適応」
言いながらスープをよそっていた。
◇
賑やかな空気。
笑い声。
食事の匂い。
平和だった。
だからこそ。
レイは思う。
こういう日常を守るためなら。
少しくらい面倒事に付き合うしかないのかもしれない、と。




