第九十一話 ぐうたら三男、準備期間を満喫したい
未到達地帯調査隊。
正式発足。
王国主導。
国家機密級案件。
――らしい。
「で、出発は?」
レイが嫌そうに聞く。
会議室。
重苦しい空気。
山積み資料。
疲れた大人たち。
もう帰りたい。
「二週間後を予定している」
国王の返答に、レイは少しだけ生気を取り戻した。
「お、まだ猶予あるじゃん」
「各地から人員と物資を集める必要があるからな」
未到達地帯は文字通り人類未踏領域だ。
正確には、“挑戦して帰ってこなかった者が大量にいる場所”である。
普通の遠征とは危険度が違う。
◇
「ではその間、自由行動ってことで?」
「最低限の協力はしてもらう」
「ですよねぇ……」
完全自由とはいかなかった。
だが。
二週間。
それだけあればまだダラダラできる。
レイは少し機嫌を直した。
◇
「あとレイ君」
教授が資料を差し出す。
「未到達地帯周辺で確認された古代術式一覧だ」
「うわ多い」
「可能なら解析協力を」
「今から逃げてもいい?」
「だめです」
エミリーが即答した。
◇
会議終了後。
レイたちは王城廊下を歩いていた。
長い廊下。
赤絨毯。
巨大窓。
相変わらず無駄に豪華である。
「疲れた……」
レイは壁へ寄りかかった。
「まだ何もしてませんよ?」
「会議した」
「それだけです」
「精神疲労」
大真面目だった。
◇
セシリアも一緒だった。
彼女もかなり疲れている。
「私も帰りたいです……」
「珍しく意見合ったな」
「原因大体あなたですけどね」
「否定しづらい」
実際、最近の騒動中心には大体レイがいる。
本人は巻き込まれているつもりなのだが。
◇
「しかし二週間か……」
セシリアが少し真面目な顔になる。
「かなり短いですね」
「普通もっと準備期間あるんじゃないの?」
「あります」
即答だった。
「本来なら数ヶ月単位です」
「だよなぁ」
つまり。
それだけ状況が切迫している。
◇
「侵食活動の増加速度が異常なんです」
セシリアは小声で続ける。
「最近は境界付近だけじゃありません」
「王国内各地で小規模侵食事案が増えてます」
「うへぇ」
「まだ隠蔽可能な段階ですが……限界は近いかと」
レイは少し黙る。
街で感じていた違和感。
人消失。
黒い魔素。
裏で動く連中。
全部繋がっている。
◇
「だからまあ」
レイは頭を掻く。
「行くしかないんだろうなぁ」
「……嫌そうですね」
「そりゃ嫌だろ」
未到達地帯。
危険。
長旅。
絶対忙しい。
好きになる要素がない。
◇
その時だった。
アリアがぽつりと言う。
「未到達地帯、食文化不明」
「……」
レイが止まる。
「重要案件」
「重要なんだ……」
セシリアが若干引いた。
だがレイは真顔だった。
「いや大事だろ」
「未知環境だぞ?」
「飯まずかったら地獄じゃん」
「そこですか……」
エミリーが苦笑する。
◇
「保存食改善必要」
アリアが続ける。
「現行携行糧食効率低」
「お」
レイの目が少し輝いた。
「それいいな」
「食感問題」
「分かる」
「味問題」
「超分かる」
妙に意気投合していた。
最近この二人、食関連だけ連携が強い。
◇
「……何してるんですかあなたたち」
セシリアが呆れる。
だがレイは立ち止まり。
何か考え始めた。
「携帯食料か……」
「レイ様?」
「いや」
レイは少し真面目な顔になる。
「長距離遠征なら結構大事だなって」
未到達地帯。
補給不安定。
高濃度魔素。
侵食環境。
普通の保存食では厳しい可能性がある。
◇
「……作るか」
「はい?」
「高効率携帯食」
エミリーが嫌な予感顔になる。
「また変なもの作りませんよね?」
「失礼な」
「今までの実績が」
否定できない。
◇
レイは少し考え込み。
やがてぶつぶつ呟き始める。
「魔素保温式」
「水分保持」
「栄養固定」
「あと味」
「重要」
アリアが頷く。
完全に開発モードだった。
◇
「……まあいいですけど」
エミリーは諦めたように息を吐く。
「どうせ止めてもやりますし」
「さすが理解者」
「長年のお付き合いですから」
少し優しい声だった。
レイは笑う。
◇
王城を出る頃には夕方になっていた。
王都の空が赤く染まっている。
市場はまだ賑わい。
屋台からいい匂いが漂う。
「腹減った」
レイは即座に言った。
「さっき食べたでしょう」
「頭使ったから」
「使いました?」
「会議した」
「便利ですねその理論」
◇
結局。
レイたちはそのまま屋台通りへ向かった。
焼き串。
スープ。
揚げ菓子。
王都は食文化が豊かで良い。
未到達地帯なんか行きたくなくなる。
「これ美味い」
レイが串肉を頬張る。
アリアも無言で食べていた。
最近は箸まで覚えている。
「適応早いなぁお前」
「学習」
「主に食方面へ」
エミリーが笑う。
◇
だが。
平和な夕暮れの空気とは裏腹に。
王都の奥底では、確実に何かが動き始めていた。
未到達地帯。
侵食。
仮面の男。
そして。
中央で待つ“何か”。
レイのぐうたらな日常は、少しずつ世界の中心へ近づいていた。




