第九十話 ぐうたら三男、全力で断ろうとする
「嫌です」
レイは即答した。
それも食い気味だった。
会議室が静まり返る。
騎士団幹部たちが「また始まった」という顔をしていた。
セシリアは既に頭を押さえている。
アルベルト教授だけが微妙に楽しそうだった。
「レイ君らしいね」
「他人事だと思ってません?」
「研究者だからね」
「万能ワードやめろ」
◇
国王は額を押さえた。
「……理由を聞こうか」
「危ない」
「未到達地帯だからな」
「面倒」
「それもそうだ」
「絶対働かされる」
「否定できんな」
「じゃあ嫌です」
完璧な論理だった。
少なくともレイの中では。
◇
「そもそも俺、普通の地方貴族三男ですよ?」
「普通?」
セシリアが思わず反応した。
「どこがです?」
「ぐうたらしてるとこ」
「そこだけは認めます」
「認めるんだ……」
レイは少し傷付いた。
◇
国王は深く溜息を吐く。
「レイ・ゴールド」
「はい」
「お前以上に古代文明へ適応した存在が現在確認されておらん」
「嫌な言い方だなぁ」
まるで危険物扱いである。
だが実際問題、否定できない。
◇
机へ新たな資料が置かれた。
未到達地帯周辺観測記録。
侵食波形。
古代術式残滓。
「ここ数ヶ月で中央反応が急増している」
教授が真面目な顔で説明する。
「王都地下事件だけでは終わっていなかった」
「仮面の男たちは各地で同時進行していた可能性が高い」
レイは資料を眺める。
びっしり書かれた術式解析。
侵食観測。
見ただけで疲れる。
◇
「さらに」
教授は一枚の地図を広げた。
大陸中央。
未到達地帯。
その周囲に赤い印が点在している。
「最近、境界周辺で魔物活性化が確認されている」
「数も異常」
「侵食反応混在」
「しかも一部は古代施設由来の術式反応まである」
「うわぁ……」
完全にRPG終盤だった。
レイは本気で帰りたくなる。
◇
「レイ君」
教授が静かに言う。
「おそらく中央施設は管理権限保持者を探している」
「……」
「君が鍵になる可能性が高い」
「やめてくれません?」
本当に。
そんな主人公みたいな立場はいらない。
平和に飯を食って昼寝したい。
◇
その時だった。
アリアがぽつりと呟く。
「肯定」
「お前まで乗るな」
「レイ適合率極高」
「聞きたくない」
アリアは淡々と続ける。
「中央管理領域は管理権限保持者不在状態長期継続」
「侵食拡大原因一部」
「現在再起動兆候確認」
「つまり?」
「早期接触必要」
レイは頭を抱えた。
嫌な情報しか増えない。
◇
セシリアが静かに口を開く。
「……正直、私たちだけでは厳しいです」
珍しく弱音に近かった。
「王都地下でも分かったでしょう?」
「侵食側は既に古代施設を利用し始めている」
「現代魔術だけでは解析も対処も追いつかない」
レイは黙る。
それは事実だった。
結局。
地下施設で対抗できたのは、古代魔語を扱えたレイがいたからだ。
◇
「レイ様」
エミリーが静かに呼ぶ。
レイは視線を向ける。
「……止めないの?」
「止めても行くでしょう?」
「う」
「放っておけませんものね」
優しい声だった。
だから余計に逃げづらい。
◇
国王はしばらくレイを見つめ。
やがて口を開いた。
「もちろん無理強いはせん」
「お」
「ただし」
嫌な“ただし”だった。
「未到達地帯周辺で侵食災害が拡大した場合」
「王都外縁地区も被害圏内に入る可能性が高い」
レイの表情が止まる。
「……」
「スラム街も例外ではない」
静かな声だった。
脅しではない。
事実だ。
◇
リコ。
工房の連中。
市場のおばちゃん。
最近仲良くなった子供たち。
少しずつ活気を取り戻していた街。
全部が侵食に飲まれる可能性がある。
「…………」
レイは大きく溜息を吐いた。
長い。
ものすごく長い溜息だった。
◇
「なんでこうなるかなぁ……」
本音だった。
本当に。
ただ快適に生きたかっただけなのだ。
魔道具作って。
美味い飯食って。
昼寝して。
たまに人助けして。
そのくらいで良かった。
なのに気付けば世界規模問題へ巻き込まれている。
◇
「レイ君」
教授が少し穏やかに言う。
「君一人へ全部背負わせるつもりはない」
「私も行きます」
セシリアが続ける。
「当然だろう?」
教授も頷く。
「研究者だからね」
「そこは普通に頷けよ……」
だが少しだけ空気が和らぐ。
◇
アリアも静かに言った。
「同行」
「お前は当然いるだろ」
「管理補助実施」
「勝手に補助しないで」
「拒否権なし」
「横暴」
最近アリアが妙に強い。
◇
レイは再び大きく息を吐く。
そして。
「……条件付き」
国王の目が細くなる。
「聞こう」
「ちゃんと飯食える環境」
「うむ」
「睡眠時間確保」
「善処しよう」
「あと」
レイは真顔で言った。
「俺を働かせすぎない」
会議室が妙な沈黙に包まれた。
セシリアが呆れた顔になる。
「そこ重要なんですね……」
「超重要」
本気だった。
◇
だが。
こうして。
未到達地帯調査隊は本格始動することになる。
世界の中心。
古代文明最大の謎。
侵食の根源。
そして。
仮面の男が目指す場所へ向けて。




