第八十九話 ぐうたら三男、王城へ呼び出される
翌朝。
レイは心の底から嫌そうな顔をしていた。
「行きたくない……」
ソファへ沈み込みながら呻く。
目の前には一通の封書。
王家紋章入り。
嫌な予感しかしない。
「まあ来ますよねぇ」
エミリーは慣れた様子で紅茶を注いでいた。
なお彼女は完全に諦めている顔だった。
「だって王都で侵食研究施設見つけて」
「人身売買潰して」
「仮面の男と接触して」
「未到達地帯関連資料まで出てきてますし」
「改めて並べられると俺すごい働いてない?」
「働いてますね」
「偉い」
「はいはい」
完全に子供扱いだった。
◇
窓の外では王都の朝が始まっている。
パン屋の匂い。
荷車の音。
遠くの鐘。
平和だった。
本来なら今日はダラダラして過ごす予定だったのである。
市場へ行って美味いものを食べるのも悪くなかった。
それなのに。
「王城とか絶対面倒じゃん……」
レイは机へ突っ伏した。
以前の王都地下封印区画事件でも散々だったのだ。
国王との謁見。
特別特務。
爵位授与騒動。
全部面倒だった。
しかも結局うやむやにして逃げた。
思い出しただけで疲れる。
◇
「ですが今回は逃げられないと思いますよ?」
エミリーが冷静に言う。
「ドルーゴ様が直接動いた件、多すぎますし」
「ドルーゴとして行けば別人判定されない?」
「王城側がそれ信じると思います?」
「……無理かぁ」
無理だった。
というか、もうかなりバレている。
誰も口にしないだけで。
◇
その時。
テーブルでパンを齧っていたアリアが口を開く。
「逃走推奨?」
「お」
レイが顔を上げる。
「珍しく気が合うな」
「しかし成功率低」
「現実的だなぁ……」
最近のアリアは妙に人間社会へ馴染んできていた。
特に食事文化を覚えてからは、行動に妙な生活感がある。
今も当然のように朝食へ混ざっていた。
「追加蜂蜜要求」
「さっき入れたろ」
「不足」
「贅沢覚えやがって……」
エミリーが少し笑う。
「以前は栄養摂取だけで満足してたのに、完全に味覚へ目覚めましたね」
「人類文化適応」
「ただの食いしん坊では?」
「否定」
だがパンへ塗る蜂蜜量はかなり多い。
◇
レイは重い腰を上げる。
「で、呼び出し内容は?」
「“至急登城されたし”だけですね」
「雑だなぁ」
「逆に緊急性高いんでしょう」
エミリーは封書を机へ置いた。
王家直通封印付き。
しかも宮廷魔導士団経由。
かなり上層案件である。
「セシリアさんも呼ばれてそうですね」
「絶対いる」
「教授も」
「うわぁ……」
面倒役満だった。
◇
数時間後。
レイは嫌々ながら王城へ来ていた。
なお今回はレイとしてである。
貴族服。
一応整えた髪。
だが態度は完全にやる気がない。
「帰りたい……」
「着いて五分ですよ」
エミリーが呆れる。
周囲の騎士たちは微妙な顔をしていた。
ゴールド地方三男坊。
王都事件関係者。
問題児。
色々な意味で有名なのである。
◇
王城内部は慌ただしかった。
文官が走り回り。
騎士団が警備強化。
宮廷魔導士も忙しそうに動いている。
空気が重い。
「……本格的だな」
レイは少し真顔になる。
エミリーも静かに頷いた。
「未到達地帯関連、王国もかなり危機感を持ってるみたいですね」
「だろうなぁ」
仮面の男。
侵食。
中央施設。
どれも国家レベル案件だ。
◇
案内された先は会議室だった。
以前の謁見室ではない。
その時点でかなり実務寄りだと分かる。
「失礼します」
中へ入る。
すると。
「やあ、レイ君」
いた。
アルベルト教授。
既に資料の山へ埋もれている。
「お前絶対寝てないだろ」
「研究者だからね」
「便利な言葉だなほんと」
以前より多少テンションは落ち着いているが、それでも研究者特有の圧がある。
◇
さらに。
「遅いです」
セシリアもいた。
完全に疲れた顔だった。
目の下が若干危ない。
「寝てない?」
「誰のせいだと」
「俺?」
「あなたです」
即答だった。
レイは視線を逸らす。
否定しづらい。
◇
部屋には他にも数名いた。
騎士団幹部。
文官。
中央研究院関係者。
全員空気が重い。
そして。
上座には国王。
以前よりさらに厳しい顔をしていた。
「来たか、レイ・ゴールド」
「どうも」
レイは最低限だけ礼をする。
貴族としてギリギリ怒られないライン。
エミリーが後ろで胃痛顔をしていた。
◇
国王は静かに口を開く。
「まず先日の件、感謝する」
「別に」
「謙遜ではなく本気で言っている顔だな……」
「面倒だったので」
会議室が静まり返る。
セシリアが頭を押さえた。
教授は笑いを堪えている。
◇
国王は咳払いする。
「……ともかくだ」
机へ資料が広げられた。
古代術式図。
侵食記録。
未到達地帯観測資料。
「状況は予想以上に深刻だ」
空気が変わる。
「侵食活動が大陸各地で活性化している」
「中央部反応も増大」
「さらに灰冠派残党も動き始めている」
レイは嫌そうな顔をした。
完全にラスボス前進行である。
◇
「そこでだ」
国王が真っ直ぐレイを見る。
嫌な予感。
本当に嫌な予感しかしない。
「未到達地帯調査隊を編成する」
「帰ります」
「まだ最後まで言っておらん」
「でも絶対面倒なやつ」
「その通りだ」
国王が断言した。
逃げ道が消えた。
◇
「調査隊には宮廷魔導士団」
「中央研究院」
「騎士団精鋭」
「そして――」
国王の視線がレイへ向く。
「お前にも同行してもらう」
「嫌です」
即答だった。
本当に一秒も迷わなかった。




