第八十八話 ぐうたら三男、教授へ面倒事を持ち込む
結局。
その夜は大騒ぎになった。
攫われていた子供たちの保護。
気絶した運搬役の拘束。
侵食術式入り荷箱の回収。
さらに仮面の男の再出現。
情報量が多すぎる。
「帰りたい……」
レイは本日何度目か分からない台詞を吐いた。
現在。
王都拠点。
ソファ。
最高。
本当ならこのまま寝たい。
◇
「ですが報告は必要です」
エミリーが容赦なく現実を突き付ける。
「分かってるけどぉ……」
レイはだらけた。
ソファへ完全に沈んでいる。
アリアがその様子を見て首を傾げた。
「液状化?」
「現実逃避」
「理解」
変な学習をしている。
◇
「とりあえず教授案件ですよね」
「だなぁ……」
侵食術式。
未到達地帯。
古代文明接続。
完全にアルベルト教授向けだ。
レイとしては投げたい。
全力で。
◇
コンコン。
その瞬間、扉が鳴った。
レイの顔が死ぬ。
「嫌な予感」
「最近精度高いですね」
エミリーが扉を開ける。
そこには。
「やあ」
いた。
アルベルト教授だった。
「ちょうど来たところだよ」
「なんでいるんだよ……」
「セシリア君から連絡が来てね」
教授は苦笑する。
「“またドルーゴが何かやりました”と」
「語弊がある」
「今回は比較的正確では?」
エミリーが冷静だった。
◇
教授は部屋へ入ると、机へ資料を並べ始める。
完全に居座る気だった。
「さて」
眼鏡を押し上げる。
「仮面の男と接触したそうだね?」
「した」
「どうだった?」
「気持ち悪かった」
「研究的感想じゃなくてね」
教授が苦笑する。
◇
レイは面倒そうに状況を説明した。
荷箱。
侵食術式。
子供たち。
そして。
仮面の男の言葉。
「“中央は近い”か……」
教授の表情が少し真面目になる。
「ほぼ確定だろうね」
「何が」
「未到達地帯中央施設の起動準備」
レイが盛大に嫌そうな顔になった。
「うわぁ……」
本当に関わりたくない。
◇
「以前から推測はされていたんだ」
教授は静かに続ける。
「古代文明は中央部に巨大管理施設を持っていた」
「中央管理塔だっけ」
「おそらく正式名称は別にある」
教授は資料を指差した。
「だが機能としては近い」
「世界管理システム中枢」
「管理権限統合領域」
「侵食封鎖機構」
嫌な単語しか出てこない。
◇
「で?」
レイがげんなりしながら聞く。
「つまり俺ら何すんの?」
「未到達地帯へ行く」
「帰る」
「まだ何も始まってないよ?」
「始まりたくない」
本気だった。
教授が笑う。
以前より少し落ち着いた笑い方だ。
「だが放置すると侵食側が先に到達する可能性が高い」
「……」
「そうなれば王都どころじゃ済まない」
レイは黙る。
そこが嫌だった。
結局。
被害が出るのは普通に暮らしている人間だ。
スラム街の子供たちも。
工房の連中も。
巻き込まれる。
◇
「レイ様」
エミリーが静かに呼ぶ。
レイは深く息を吐いた。
「分かってるよ」
面倒事だ。
本当に。
だが。
放置して後悔するのも嫌だった。
◇
その時。
アリアがぽつりと言う。
「管理権限反応増加」
「は?」
「未到達地帯方向」
部屋の空気が変わった。
教授の目が細くなる。
「もう始まっているか」
「侵食側活動活発化確認」
アリアは淡々と続けた。
「中央領域接続準備段階移行可能性高」
「うわぁ……」
レイは心底嫌そうな声を漏らした。
◇
教授はしばらく考え込み。
やがて口を開く。
「準備が必要だね」
「何の」
「未到達地帯遠征の」
「聞きたくなかった」
レイはソファへ沈んだ。
だが教授は続ける。
「王国側も本格的に動くだろう」
「セシリア君も呼ばれるはずだ」
「絶対忙しくなるやつじゃん……」
「そうだね」
教授は否定しなかった。
◇
レイは天井を見る。
平和に飯食ってダラダラしていたかった。
本当に。
だが。
どうやら世界は、そう簡単に放っておいてくれないらしい。




