第八十七話 ぐうたら三男、黒幕の臭いを嗅ぎつける
「……ドルーゴ」
箱の中の子供は震えていた。
まだ幼い。
十歳にも満たないだろう。
顔色も悪い。
「大丈夫か?」
レイがしゃがみ込む。
子供は小さく頷いた。
「う、うん……」
「怪我は?」
「ない……と、おもう」
隣の子供も怯えながらレイを見ている。
エミリーはすぐに水筒を取り出した。
「ゆっくり飲んでください」
優しい声だった。
子供たちは少しだけ落ち着きを取り戻す。
◇
「どこから攫われた?」
レイが静かに聞く。
「……市場の近く」
「夜?」
「うん……」
やはりだ。
外縁地区周辺で人攫いが続いている。
しかも。
スラム街の子供を狙っている。
レイの機嫌がどんどん悪くなった。
◇
「ドルーゴ様」
エミリーが小声で呼ぶ。
レイも気付いていた。
荷箱の内部。
底面に刻まれた魔術式。
「これ……」
「輸送用術式ですね」
しかも。
かなり嫌な構造だった。
黒い魔素が染み込んでいる。
侵食反応あり。
レイは術式を見つめる。
「……にほんご混ざってるな」
エミリーの目が細まる。
「古代魔語ですか?」
「断片だけ」
完全な術式ではない。
だが。
以前の地下研究施設と類似している。
誰かが古代文明術式を無理矢理再現しているのだ。
◇
「アリア」
「解析中」
アリアが荷箱へ触れる。
淡い蒼光。
しばらくして。
「侵食補助術式確認」
「やっぱりか」
「未到達地帯系統術式と類似」
レイは盛大に嫌そうな顔になった。
どこまで繋がっているのか。
本当に面倒だ。
◇
「ドルーゴ様」
エミリーが周囲を警戒する。
「ここ、長居しない方が」
「だな」
倒れた男たちもいつ起きるか分からない。
しかも。
荷物の搬送先があるなら、仲間が来る可能性も高い。
「子供たち連れて一旦戻るか」
「はい」
◇
その時だった。
アリアが空を見上げる。
「……反応増加」
「は?」
「上方」
次の瞬間。
ゾワリ、と空気が変わった。
レイの目が細まる。
屋根の上。
黒いフード姿が立っていた。
顔は見えない。
だが。
異様な圧だけが伝わる。
「……お前」
レイが低く呟く。
黒フードの男は静かにこちらを見下ろしていた。
そして。
「継承者」
聞き覚えのある声。
レイの顔が露骨に歪む。
「またお前かよ……」
仮面の男だった。
◇
ただし以前とは違う。
今回は仮面を付けていない。
代わりに。
顔半分が侵食結晶へ変質していた。
人間と侵食存在の中間。
そんな異様な姿だった。
「侵食進んでんな」
「適応だ」
「気持ち悪」
即答だった。
エミリーが若干引いている。
だが仮面の男は気にしない。
◇
「継承者」
男は再び言う。
「何故抵抗する」
「平和にダラダラしたいから」
「……」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
仮面の男が言葉に詰まった。
たぶん理解できなかった。
◇
「世界は既に限界だ」
男は静かに言う。
「侵食による再構築以外に未来はない」
「はいはい」
レイは聞き流す。
「でも子供攫う理由にはならんだろ」
「必要な素体だ」
「その時点で却下」
空気が冷える。
◇
男の周囲へ黒い魔素が漂い始めた。
侵食反応。
かなり強い。
だが。
レイは一歩前へ出る。
「悪いけど」
静かな声だった。
「俺、お前ら嫌いなんだよ」
仮面の男がレイを見る。
「継承者」
「その呼び方やめろ」
「お前はいずれ理解する」
「しない」
即答だった。
◇
次の瞬間。
仮面の男の周囲に黒い術式が展開される。
転移術式。
「待て」
レイが古代魔語を展開しかける。
だが。
男は消える直前、静かに告げた。
「中央は近い」
そして。
黒い粒子となって消失した。
◇
静寂。
夜風だけが吹く。
レイは頭を押さえた。
「……絶対面倒な流れだこれ」
エミリーも深く溜息を吐く。
「未到達地帯絡み、ほぼ確定ですね」
「帰りたい」
「まだ帰れません」
レイは心底嫌そうな顔をした。
だが。
王都の闇は、さらに深い場所へ繋がり始めていた。




