第八十六話 ぐうたら三男、夜の外縁地区を歩く
夜の王都は昼とは別の顔を見せる。
酒場の喧騒。
酔っ払いの怒鳴り声。
石畳を走る荷車。
路地裏へ沈む灯り。
王都外縁地区は特に混沌としていた。
人の流れが多い分、裏の仕事も集まりやすい。
「眠い……」
レイは欠伸を噛み殺した。
「まだ夜始まったばかりですよ」
隣を歩くエミリーが呆れる。
現在はドルーゴとミリーエ姿。
黒衣姿の二人は夜の街へ自然に溶け込んでいた。
◇
「侵食反応は?」
レイが小声で聞く。
少し後ろを歩くアリアが答える。
「微弱」
「方向は?」
「断続的」
「つまり?」
「移動中」
嫌な予感しかしない。
固定拠点ではなく、何かを運んでいる可能性が高い。
◇
外縁地区は独特の匂いがする。
酒。
汗。
煙。
荷物。
様々なものが混ざっていた。
スラム街とはまた違う。
ここは“流れる場所”だ。
だからこそ、人が消えても痕跡が薄い。
「ドルーゴ様」
エミリーが視線を向ける。
路地裏。
そこに数人の男たちがいた。
荷箱を運んでいる。
夜中にしては妙に慌ただしい。
「……あれか?」
「可能性高」
アリアが即答した。
◇
レイは気配を消しながら近づく。
すると。
「早くしろ!」
「次の便来るぞ!」
「貴族街側へ回せ!」
聞こえてきた単語に、レイの眉が動く。
貴族街。
またか。
「中身は?」
「見るな!」
「触んな!」
妙に警戒が強い。
さらに。
箱の隙間から、黒い魔素が微かに漏れていた。
侵食反応。
「ビンゴだな」
レイが小さく呟く。
◇
エミリーが周囲を確認する。
「見張り三人」
「奥にもいますね」
「合計八かな」
レイは嫌そうに顔をしかめた。
「地味に多い」
「どうします?」
「できれば騒ぎたくない」
本音だった。
夜中に暴れると後処理が面倒なのである。
◇
その時。
男の一人が荷箱を蹴った。
「おい、静かにしろ!」
中から。
小さな音がした。
レイの目が細くなる。
「……人か」
空気が変わった。
エミリーの声も低くなる。
「子供ですね」
レイは深く息を吐いた。
面倒臭い。
本当に。
だが。
もう放置は無理だった。
◇
「ドルーゴ様」
「分かってる」
レイは静かに前へ出る。
男たちが気付いた。
「誰だ!?」
「止まれ!」
「夜のお散歩中」
「は?」
レイは適当に答える。
エミリーが軽く頭を押さえた。
「ドルーゴ様、もう少し誤魔化してください」
「眠い」
かなり雑だった。
◇
「チッ、怪しい奴だ!」
男たちが武器を抜く。
短剣。
棍棒。
粗悪な魔道具。
だが。
レイは面倒そうに片手を上げた。
「――『睡眠』」
古代魔語術式。
次の瞬間。
ドサドサドサッ!!
男たちが一斉に倒れる。
静寂。
エミリーが呆れた顔になった。
「本当にそれ便利ですね……」
「便利魔法だからな」
「だから基準がおかしいんですって」
◇
レイは荷箱へ近づく。
鍵付き。
しかも魔術封印付きだった。
「雑だなぁ」
レイは指先で術式をなぞる。
「現代魔法式隠蔽」
「解除可能ですか?」
「余裕」
レイは軽く古代魔語を刻む。
「――『開錠』」
カチリ。
一瞬だった。
エミリーが小さく息を吐く。
「毎回思いますけど、それ見ると現代術式が可哀想になります」
「効率悪いんだもん」
レイは悪びれない。
◇
箱を開ける。
中には。
小柄な子供が二人。
怯えた目でこちらを見ていた。
「……大丈夫か?」
レイが声をかける。
すると。
「……ドルーゴ?」
片方の子供が呟いた。
スラム街の子だった。
レイの顔がさらに険しくなる。
「おいエミリー」
「はい」
「これ、完全に続いてるわ」
ラウフェン伯爵の件だけでは終わっていなかった。
王都の闇は、まだ地下深くまで繋がっている。




