第八十五話 ぐうたら三男、妙な噂を聞く
昼食会は妙に長引いた。
子供たちが次々話しかけてくるせいである。
「ドルーゴ! 見て!」
「ん?」
「工房で作った!」
見せられたのは木製の小箱だった。
多少歪ではあるが、しっかり加工されている。
「おー、ちゃんとしてるな」
「えへへ」
得意げだった。
レイは少し笑う。
以前ならこういう仕事すら回ってこなかった子供たちだ。
今は工房で簡単な加工を覚え、少しずつ金を稼げるようになっている。
地味だが大きな変化だった。
◇
「ドルーゴ様」
エミリーが小声で呼ぶ。
「ん?」
「少し気になる話が」
「また面倒事?」
「たぶん」
レイが露骨に嫌そうな顔になった。
だがエミリーは慣れている。
「最近、夜になると人が消えるという噂があります」
「……また?」
レイは眉をしかめた。
ラウフェン伯爵の件が終わったばかりだ。
なのにまだある。
「同系統か?」
「分かりません。ただ――」
エミリーは周囲を確認する。
「今回は貴族街側ではなく、外縁地区寄りです」
「外縁かぁ……」
王都外壁付近。
比較的人の流れが多い地域だ。
商人。
流民。
冒険者。
様々な人間が出入りする。
だからこそ、行方不明が埋もれやすい。
◇
「ドルーゴ」
リコが服を引っ張る。
「ん?」
「最近、夜怖い」
レイの目が細くなる。
「なんか見た?」
「黒い人」
「黒い?」
「フード被ってた」
周囲の子供たちも頷いた。
「見た!」
「夜歩いてた!」
「変な匂いした!」
レイとエミリーが視線を合わせる。
嫌な予感しかしない。
◇
「……侵食?」
レイが小声で呟く。
「可能性はあります」
「面倒だなぁ」
本当に。
せっかく少し平和だったのに。
◇
その時。
工房側から一人の男がやってきた。
「ドルーゴ様」
「ん?」
「少し相談が」
工房責任者の男だった。
以前、共同工房設立を手伝った相手だ。
顔色が悪い。
「最近、外縁地区の荷運び連中が妙なんです」
「妙?」
「急に金回り良くなった奴がいる」
レイが嫌そうな顔をする。
聞き覚えのある流れだった。
「それで?」
「何運んでるか聞いても答えねぇ」
「……」
「しかも夜だけ動いてる」
ほぼ黒だった。
◇
エミリーが静かに整理する。
「夜間活動」
「人消失」
「資金流入」
「外縁地区」
「典型的ですね」
「ですよねぇ……」
レイは頭を押さえた。
また調査案件である。
本当に休めない。
◇
「ドルーゴ様」
リコが不安そうに聞く。
「また悪いやつ?」
「たぶんな」
「倒す?」
「できれば働きたくない」
「えぇ……」
子供たちがずっこけた。
レイは真顔だった。
本音である。
◇
だが。
放置できないのも事実だった。
この辺りはようやく少し安定してきた。
また人攫いなんか起これば、一気に崩れる。
「……夜見に行くか」
レイは重い腰を上げるように言った。
エミリーが小さく笑う。
「やっぱり行くんですね」
「寝覚め悪いからな」
「知ってます」
◇
その時。
アリアがぽつりと呟く。
「侵食反応、微弱感知」
空気が変わった。
レイが振り返る。
「どこで?」
「王都外縁方向」
「……マジか」
アリアは静かに頷く。
「以前確認個体と類似」
つまり。
地下研究施設と同系統。
レイは盛大に溜息を吐いた。
「ほんと終わんねぇなぁ……」
平和な日常は、また少しずつ不穏へ近づき始めていた。




