第八十四話 ぐうたら三男、スラムの昼飯に捕まる
結局。
チンピラたちは衛兵へ引き渡された。
途中で目を覚ましたが、エミリーが淡々と証言整理まで済ませたため、あっさり連行されていった。
有能だった。
「ドルーゴ様」
「ん?」
「最近、治安改善速度が想定以上です」
エミリーが周囲を見回しながら言う。
以前より人の顔色が明るい。
子供たちも走り回っている。
工房には活気があり、炊事場には煙が立っていた。
「まあ、食えるようになると余裕出るしな」
レイは何気なく答えた。
実際、貧困問題は単純ではない。
だが。
最低限の生活環境。
仕事。
安全。
その三つがあるだけで人はかなり変わる。
◇
「ドルーゴー!!」
リコがまた走ってきた。
元気になっている。
よかった。
「昼ごはん食べてくでしょ!?」
「え?」
レイが固まる。
「今日みんなで作ったの!」
「いや俺は別に……」
「食べるよね!?」
圧が強い。
子供たちが一斉に期待の目を向けてくる。
逃げ道がなかった。
◇
「……どうします?」
エミリーが少し笑いながら聞く。
レイは遠い目をした。
「帰りたいけど帰れない空気」
「諦めましょう」
「ですよねぇ……」
◇
スラム街中央。
共同炊事場。
大鍋から湯気が立っていた。
「おぉ……」
レイの目が少し輝く。
いい匂いだった。
肉と野菜の煮込み。
焼き立ての平パン。
香草の香り。
以前より明らかに食事の質が上がっている。
「最近、保存庫が安定して使えるようになったからねぇ」
炊事場の女性が笑う。
ドルーゴ製保温・保存魔道具。
地味だが非常に役立っていた。
「食材腐りにくくなって助かってるよ」
「そりゃよかった」
レイは少し嬉しくなる。
こういう反応は嫌いじゃない。
◇
「ドルーゴ様ー!」
「こっち座って!」
「早く早く!」
完全に囲まれた。
子供たちの勢いがすごい。
レイは観念して席へ座る。
エミリーはくすくす笑っていた。
「人気者ですねぇ」
「不本意」
「はいはい」
◇
運ばれてきたスープを一口。
「……うま」
思わず漏れる。
素朴な味だ。
だが温かい。
肉の旨味も出ている。
焼き立てパンも香ばしかった。
「どう!?」
リコが期待の目を向ける。
「普通に美味い」
「やったぁ!」
子供たちが喜ぶ。
レイは少し気恥ずかしくなった。
◇
「ドルーゴ様がくれた工房で稼げるようになったから!」
「前より肉食える!」
「パン増えた!」
「お湯出るの便利!」
次々と報告される。
レイは苦笑した。
「大袈裟だろ」
「全然!」
「前よりずっといい!」
真っ直ぐだった。
困る。
本当に。
◇
エミリーが小声で言う。
「ちゃんと変わってきてますね」
「……まあな」
レイはスープを飲みながら周囲を見る。
笑い声。
食事の匂い。
工房の音。
以前より生気がある。
それが少し嬉しかった。
◇
その時だった。
アリアがふらりと現れる。
白い髪。
白い服。
淡い蒼瞳。
このスラム街ではかなり目立つ。
「……また増えた」
レイが呟く。
アリアは真っ直ぐ鍋を見ていた。
「食事確認」
「お前ほんと食い意地覚えたな」
「否定」
だが視線は完全にパンへ向いている。
エミリーが苦笑しながら席を用意した。
◇
アリアは静かにスープを飲む。
少し止まる。
そして。
「……温かい」
ぽつりと呟いた。
周囲が少し静かになる。
アリアは続けた。
「共有食事文化、理解」
「難しい言い方するなぁ」
レイは苦笑した。
だが。
アリアが以前より人間らしくなっているのは確かだった。
子供たちとも少しずつ打ち解け始めている。
◇
「白いお姉ちゃん!」
子供の一人がパンを差し出す。
「食べる?」
アリアは少し止まり。
「……食べる」
受け取った。
その様子を見て。
レイはなんとなく思う。
こういう時間を守りたいのだ。
だから。
侵食だの。
世界再構築だの。
そんなものが余計に気に食わない。
「ドルーゴ様?」
「ん?」
「顔怖いですよ?」
「別に」
レイは誤魔化すようにスープを飲んだ。
昼のスラム街は、少しだけ平和だった。




