第八十三話 ぐうたら三男、スラム街へ戻る
翌朝。
レイは盛大に欠伸をしながらスラム街を歩いていた。
「眠い……」
「昨晩遅かったですからね」
隣ではエミリーが呆れたように言う。
なお現在はドルーゴとミリーエ姿である。
黒衣。
仮面。
朝から怪しかった。
だがスラム街では既に見慣れた存在になっている。
◇
王都の空は晴れていた。
朝の光が石畳を照らす。
以前より人通りも増えている。
共同炊事場からはスープの匂い。
簡易工房では朝から金属音。
井戸には列ができていた。
「……ちゃんと回ってるな」
レイは少し安心した。
ドルーゴとして投入した設備群は、少しずつ生活へ根付いてきている。
浄水設備。
保温器。
共同工房。
簡易魔道具補助具。
地味だが効果は大きい。
特に冬場へ向けた保温器はかなり好評だった。
「旦那ー!!」
子供たちが駆け寄ってくる。
「ドルーゴだ!」
「戻ってきた!」
「ほんとにいた!」
勢いがすごい。
レイは少し後ずさった。
「近い近い」
すると。
その中から小柄な少女が飛び出す。
「ドルーゴ!!」
リコだった。
勢いそのままレイへ抱きつく。
「おっと」
レイは慌てて支える。
「大丈夫か?」
「……うん」
少し震えていた。
地下牢の件は相当怖かったのだろう。
レイは小さく息を吐く。
「悪かったな、怖い思いさせて」
「でも来てくれた」
「まあ、一応」
レイは視線を逸らした。
こういう真っ直ぐな感謝は苦手だ。
◇
「ドルーゴ様」
周囲の大人たちも集まってくる。
「子供たちを助けていただいて……」
「ありがとうございます」
「本当に……」
「いやまあ、ついでだから」
レイは雑に答えた。
本気でそう思っている。
放置すると寝覚めが悪かっただけだ。
だが。
住民たちから見れば英雄行為だった。
◇
エミリーがそっと耳打ちする。
「完全に慕われてますね」
「困る」
「今更です」
否定できなかった。
◇
その時。
工房側から怒鳴り声が聞こえた。
「だから違うって言ってんだろ!」
「誤魔化すな!!」
空気が少し張る。
レイとエミリーが視線を向ける。
そこには男たちがいた。
見慣れない連中。
粗暴そうな格好。
武装あり。
「……あー」
レイが嫌そうな顔をする。
「絶対面倒なやつ」
「ですね」
男たちは工房の作業員へ詰め寄っていた。
「最近この辺景気いいらしいなぁ?」
「誰が仕切ってんだ?」
「みかじめ料払えよ」
チンピラだった。
王都では珍しくもない。
だが。
最近この辺りの環境が改善し始めたことで、目を付けられたのだろう。
◇
工房の男が怒鳴り返す。
「帰れ!」
「んだとコラ!」
空気が険悪になる。
子供たちが怯えた。
レイは深く溜息を吐く。
「……平和って長続きしないなぁ」
「ドルーゴ様」
「分かってる」
レイは前へ出る。
黒衣が揺れた。
男たちがこちらを見る。
「なんだテメェ」
「怪しい仮面野郎じゃねぇか」
「その工房の責任者か?」
「違う」
レイは即答した。
「俺は通りすがりのぐうたら」
「は?」
男たちが困惑する。
エミリーが頭を押さえた。
「ドルーゴ様……」
「いや事実だろ」
すると。
チンピラの一人がレイへ近づく。
「舐めてんのか?」
「別に」
「なら金置いてけ」
「嫌です」
即答だった。
◇
空気が止まる。
男たちの顔が引き攣った。
「……殺すぞ?」
「怖」
全然怖がってない。
むしろ面倒そうだった。
「朝飯後に暴れる気なかったんだけどなぁ……」
レイはぼやきながら片手を上げる。
そして。
「――『睡眠』」
古代魔語術式が発動した。
次の瞬間。
ドサドサドサッ!!
男たちが一斉に倒れる。
完全沈黙。
「「「……」」」
周囲が静まり返った。
レイは欠伸を噛み殺す。
「騒ぐなよ朝から……」
工房の男たちが震えていた。
子供たちは逆に目を輝かせている。
「すげぇ!!」
「ドルーゴ強ぇ!!」
「魔法だ!!」
「便利魔法」
レイは真顔で言った。
エミリーが呆れたように溜息を吐く。
「便利の範囲がおかしいんですよ、ほんとに……」




