第八十二話 ぐうたら三男、教授に捕まる
「いやぁ、実に興味深い」
アルベルト教授は上機嫌だった。
テーブルへ大量の資料を広げながら、楽しそうに眼鏡を押し上げる。
完全に研究者モードである。
レイは死んだ目になっていた。
「俺の平和な晩飯タイムが……」
「諦めてください」
エミリーがお茶を追加しながら言う。
なお、教授は既に当然のように席についていた。
図々しい。
◇
「まず今回押収された研究資料だが」
教授は一枚の術式図を取り出した。
「侵食研究自体は以前の地下封印区画事件と同系統だ」
「やっぱりか」
「ただし、今回はさらに“未到達地帯側”との接続記録が見つかっている」
レイが露骨に嫌そうな顔をした。
「また未到達地帯……」
「避けて通れそうにないね」
教授の声音は比較的落ち着いていた。
以前より少し抑え気味である。
それでも研究者特有の熱は隠し切れていない。
「地下研究施設で使用されていた一部術式は、古代文明中枢系統の設計思想と一致していた」
「つまり?」
「未到達地帯に存在する施設と、直接繋がっている可能性が高い」
「最悪だなぁ……」
本音だった。
◇
レイはパンを齧りながら資料を見る。
古代魔語。
侵食術式。
接続座標。
確かに嫌な情報ばかりだ。
「……ん?」
その中で、一枚の図面へ目が止まる。
「これ」
教授が反応した。
「読めるかい?」
「読めるっていうか、普通に日本語……じゃなかった、にほんごだな」
エミリーが苦笑する。
教授は真面目な顔で頷いた。
この辺りはもう慣れている。
「なんて書いてある?」
「“中央管理塔・外縁制御区画”」
部屋の空気が変わった。
教授の目が細くなる。
「やはり塔型施設か」
「知ってんの?」
「推測段階だけどね」
教授は資料を指で叩いた。
「古代文明は大陸中央部に中枢管理施設を持っていた可能性が高い」
「それが未到達地帯?」
「おそらく」
アリアが静かに口を開く。
「可能性高」
いつの間にかレイの隣でプリンを食べていた。
自然すぎて誰も驚かない。
◇
「アリア、何か知ってる?」
「断片情報のみ保持」
「使えそう?」
「一部」
アリアはスプーンを置く。
「中央管理塔は管理権限中枢施設」
「やっぱラスボス施設じゃねぇか……」
「ラスボス?」
「なんでもない」
レイは頭を押さえた。
嫌な予感しかしない。
◇
教授は比較的落ち着いた声で続ける。
「問題は仮面の男だ」
「あー……」
「彼は君を“継承者”と呼んでいる」
「やめてほしい」
本当に。
レイとしては平穏に生きたいだけなのだ。
「だが、おそらく彼は本気で君を必要としている」
「迷惑」
「それは同意する」
教授も頷いた。
「侵食側は管理権限の完全起動を狙っている可能性がある」
「世界再構築だっけ」
「かなり危険思想だね」
教授の声音が少し低くなる。
普段飄々としているが、こういう部分は真面目だった。
「侵食は制御可能な代物じゃない」
「教授が言うと説得力あるな」
「失礼だなぁ」
だが否定はしない。
◇
エミリーがお茶を配る。
「つまり結局」
「うん」
「未到達地帯へ行く流れですよね?」
静寂。
レイは天を仰いだ。
「帰りたい……」
「まだ出発もしてませんよ」
「未来から逃げたい」
心からの声だった。
◇
すると。
アリアがレイを見る。
「管理権限適合者」
「やめろその呼び方」
「未到達地帯到達時、権限継承推奨」
「だから嫌だって」
「何故」
「責任増えるから」
即答だった。
教授が吹き出す。
エミリーも苦笑した。
アリアだけが不思議そうな顔をしている。
「高位権限獲得は利益」
「労働も増える」
「……」
アリアが少し黙る。
そして。
「理解」
「分かってくれたか」
「労働は敵」
教授が盛大に吹き出した。
エミリーも肩を震わせる。
レイは少しだけ満足そうに頷いた。
変な方向だが、アリアが学習している気がした。




