第八十一話 ぐうたら三男、久々に平和な飯を食う
王都は騒がしかった。
ラウフェン伯爵家摘発。
地下研究施設発覚。
行方不明事件との関連。
さらには侵食研究疑惑。
貴族街では連日大騒ぎになっているらしい。
らしい、というのは。
「……平和だ」
レイがソファへ沈み込みながら呟いた。
現在。
自室。
静か。
安全。
最高だった。
「現実逃避してません?」
エミリーがお茶を置きながら言う。
「してる」
即答だった。
「だって絶対また呼び出されるし」
「まあ確実ですね」
否定はなかった。
◇
あの後。
セシリアは本当に大変そうだった。
衛兵隊。
王城。
宮廷魔導士団。
中央研究院。
全部へ報告が必要だからである。
しかも。
提出された証拠が重すぎた。
人身売買。
侵食研究。
灰冠派との接触。
古代術式違法利用。
王国上層部でも相当揉めているらしい。
「俺知らない」
「逃げないでください」
「いやでも実際、後は国の仕事だろ」
「それはそうなんですが」
エミリーも否定しづらそうだった。
実際、レイは十分すぎるほど働いている。
◇
その時。
台所から良い匂いが漂ってきた。
レイの目が輝く。
「飯?」
「はい」
エミリーが少し笑う。
「今日は頑張ったレイ様へのご褒美です」
「やった」
急に元気になる。
現金だった。
◇
食卓へ並べられたのは。
香草焼きチキン。
野菜たっぷりスープ。
焼き立てパン。
さらに。
「おぉ……」
レイが感動した声を漏らす。
「チーズ……!」
「王都中央市場で買ってきました」
「最高」
本気で嬉しそうだった。
エミリーが呆れ半分、微笑ましさ半分の顔になる。
「ほんと食べ物絡むと機嫌直りますよね」
「飯は大事」
レイは真顔で断言した。
◇
すると。
ひょこ、と白い頭が現れる。
「夕食確認」
アリアだった。
いつの間にか完全に居着いている。
最近は普通に生活へ馴染み始めていた。
というか。
「また来たな甘味生命体」
「否定」
即答だった。
だがその視線はデザートへ向いている。
今日は蜂蜜プリンがある。
「糖分必要」
「まあ食うか?」
「食べる」
即答だった。
最近、妙に返答が早い。
◇
三人で食卓を囲む。
平和だった。
侵食も。
地下研究施設も。
灰冠派も。
今だけは遠い。
「……こういうのでいいんだよなぁ」
レイはしみじみ呟いた。
美味い飯。
安全な部屋。
気を使わない相手。
理想だった。
できれば毎日これがいい。
◇
「そういえば」
エミリーがスープをよそいながら言う。
「スラム街の方ですが」
「あー」
「子供たち、かなりドルーゴ様を心配してましたよ」
「なんで」
「急に地下へ突っ込んでいったからです」
「そんな危険な感じだった?」
「かなり」
レイは少し考える。
確かに。
あの時の自分、かなり怒っていた気がする。
「リコちゃんがずっと“ドルーゴ帰ってくるよね”って」
「……」
レイは少し視線を逸らした。
困る。
そういうのは。
◇
「明日、顔出します?」
「んー」
本当は家で寝ていたい。
だが。
「まあ、一応」
エミリーが小さく笑った。
「やっぱり放っておけないんですね」
「別にそんなんじゃない」
「はいはい」
完全に見透かされていた。
◇
その時。
コンコン、と扉が鳴る。
レイが嫌そうな顔になった。
「……嫌な予感」
「この時間ですしねぇ」
エミリーが立ち上がる。
そして扉を開けた瞬間。
「やあ」
いた。
アルベルト教授だった。
「面白い資料が大量に見つかったよ」
「帰れ」
レイは即答した。
だが教授は気にしない。
にこやかだった。
「未到達地帯関連施設の可能性が高い」
「帰って」
「しかも侵食と管理権限の接続記録まで――」
「帰れって!!」
平和な夕食時間は、あっさり終わりを告げた。




