第八十話 ぐうたら三男、後始末を押し付ける
地下研究施設は半壊していた。
侵食魔素はほぼ浄化完了。
培養槽も研究設備も焼失。
残っているのは崩れた石壁と、押収した大量の証拠資料くらいだった。
「……疲れた」
レイは本音を漏らした。
かなり働いた。
今日はもう帰って寝たい。
本当に。
「お疲れ様です、ドルーゴ様」
エミリーが苦笑する。
黒衣姿のまま、回収資料を魔法袋へ整理していた。
「被害状況は?」
「子供たちは全員避難完了。侵食拡散も止まっています」
「ならもう帰ろう」
「後始末は?」
「セシリアに投げる」
即答だった。
エミリーが呆れ顔になる。
「またですか」
「俺、報告書とか嫌い」
「知ってます」
むしろ書けと言われると逃げる。
ゴールド地方でも散々やらかしていた。
◇
地下通路を戻る。
途中、拘束した研究員や警備兵たちが転がっていた。
全員気絶済み。
レイが雑に無力化した結果である。
「これ衛兵隊驚きますよね」
「頑張ってほしい」
「他人事ですねぇ……」
実際他人事だった。
レイは権力争いにも政治にも興味がない。
だが。
今回ばかりは王国側も本格的に動かざるを得ないだろう。
貴族による人身売買。
侵食研究。
古代文明技術違法使用。
しかも灰冠派との繋がりまである。
かなり大事だ。
◇
地上へ戻ると、夜風が肌を撫でた。
地下の淀んだ空気とは違う。
レイは小さく息を吐く。
「やっぱ地上いいな……」
「生還した実感ありますね」
「地下嫌い」
「ダンジョン潜る人の台詞じゃないですよ」
「素材欲しい時だけ」
レイは本気で言っていた。
基本的に引きこもっていたい。
◇
その時。
少し離れた場所から慌ただしい足音が聞こえた。
「こっちです!!」
「侵食反応が消えたぞ!」
「急げ!!」
衛兵隊。
そして。
「……やっぱり来たか」
レイがげんなりする。
先頭にはセシリアがいた。
宮廷魔導士装束。
雷光を纏いながらこちらへ駆けてくる。
そして。
崩れた屋敷。
地下入口。
気絶した大量の関係者。
それを見て。
「……何をしたんですか」
セシリアが頭痛を堪える顔になった。
「いやぁ」
レイ――ドルーゴは視線を逸らした。
「ちょっと掃除?」
「ちょっとで屋敷半壊しません!!」
即ツッコミだった。
安心する。
いつもの空気である。
◇
「侵食研究施設」
「人身売買」
「違法古代術式」
「灰冠派関連資料」
レイは次々と証拠を渡す。
セシリアの顔色がどんどん悪くなった。
「……これ全部ですか?」
「たぶん」
「たぶんって……」
エミリーが小さく咳払いする。
「なお地下施設奥には侵食型擬似核までありました」
「は?」
「浄化済みです」
「……は?」
セシリアが完全に処理落ちした。
情報量が多すぎる。
◇
さらに。
「あと灰冠派、多分王国内部かなり食い込んでる」
「…………」
「未到達地帯とも繋がってるっぽい」
「………………」
セシリアが無言になった。
現実逃避しかけている。
レイは少し同情した。
押し付ける側だけど。
◇
「教授呼びます?」
エミリーがぼそりと言う。
セシリアの顔が引き攣った。
「……増えるんですよね?」
「はい」
「面倒が?」
「かなり」
セシリアが天を仰ぐ。
可哀想だった。
だが教授は必要だ。
古代術式関連は間違いなくアルベルト案件である。
「……分かりました」
セシリアは疲れた顔で頷いた。
「ですがドルーゴ」
「ん?」
「あなたも逃がしませんからね」
「えぇ……」
レイは露骨に嫌そうな顔になった。
「俺もう働いたじゃん」
「その“働いた結果”の規模が問題なんです!!」
正論だった。
◇
その後。
衛兵隊が屋敷を封鎖。
地下施設調査開始。
貴族街は大騒ぎになった。
ラウフェン伯爵失踪。
違法研究発覚。
子供誘拐事件。
侵食研究。
王都へ衝撃が走ることになる。
そして。
その混乱を遠目に見ながら。
「……帰って飯食いたい」
レイは心底疲れた声で呟いた。
エミリーが小さく笑う。
「今日は頑張りましたからね」
「美味い飯希望」
「ちゃんと用意してますよ」
その言葉に。
レイは少しだけ機嫌を直した。




