第七十九話 ぐうたら三男、地下施設を止める
古代魔語術式が地下空間全体へ広がっていく。
淡い蒼白光。
幾重にも重なる文字列。
それは現代魔法とは根本から異なる構造だった。
ラウフェン伯爵の顔が歪む。
「な、何だその術式は……!」
「企業秘密」
レイは面倒そうに答えた。
実際は日本語である。
だが説明したところで理解されない。
以前「にほんご?」と聞かれた時も面倒だった。
なので最近は適当に流すことにしていた。
◇
「――『侵食分離』」
術式が発動する。
瞬間。
地下施設へ絡みついていた黒い魔素が強制的に剥がれ始めた。
侵食魔素。
施設制御術式。
擬似核。
それらを一つずつ切り離していく。
バチバチと空間が軋んだ。
「ば、馬鹿な……!」
伯爵が呻く。
「侵食接続を解除しているだと……!?」
「できるみたいだな」
レイは他人事みたいに言った。
実際、試したらできた。
いつものことである。
「ドルーゴ様、右側崩れます!」
「おっと」
エミリーの声と同時。
天井が崩落した。
レイは片手を上げる。
「――『固定』」
空間制御。
落下していた瓦礫が途中で停止する。
数十トン規模の石材が宙に浮いた。
エミリーが呆れた顔になる。
「本当に滅茶苦茶ですね……」
「快適安全工事用魔法」
「どこがです」
いつものやり取りだった。
だが。
伯爵だけは笑えない顔をしている。
◇
「あり得ん……!」
伯爵の侵食腕が暴走する。
黒い結晶が膨張。
侵食魔素が吹き荒れた。
「我らは選ばれし存在!!」
「あーはいはい」
レイは半目だった。
「その台詞もう飽きた」
本当に最近よく聞く。
侵食側は似たようなことばかり言う。
「力を得て何したいの?」
「新世界の創造だ!!」
「で?」
「……」
「具体的には?」
伯爵が詰まる。
レイは盛大に溜息を吐いた。
「お前ら、ふわっとした理想ばっかで生活感ないんだよなぁ……」
その辺りが嫌だった。
飯。
寝床。
生活。
日常。
レイはそういうものの方が大事だと思っている。
だから。
スラム街の環境改善なんかを優先してしまう。
「子供攫って世界救済とか言われても納得できるわけないだろ」
静かな声だった。
伯爵の顔が怒りで歪む。
◇
侵食腕が巨大化する。
黒い刃のように変形。
一気にレイへ振り下ろされた。
轟音。
だが。
ガギィン!!
見えない壁が攻撃を止める。
「結界……!?」
「まあ基本だろ」
レイは気怠そうに答える。
古代魔語術式による多重防壁。
現代魔法より遥かに高効率。
しかも。
「――『圧縮』」
空間が歪む。
伯爵の侵食腕が強引に押し潰された。
「がぁぁぁぁっ!?」
黒い魔素が飛び散る。
擬似核が露出した。
「そこか」
レイの目が細まる。
◇
「ドルーゴ様!」
エミリーが叫ぶ。
周囲の侵食魔素が暴走を始めていた。
擬似核破壊に連動している。
地下施設全体が崩壊寸前だ。
「時間ないですね!」
「分かってる!」
レイは術式を組み上げる。
複雑な古代魔語文字列。
地下空間そのものへ干渉する大規模魔法。
伯爵が目を見開いた。
「な、何を――」
「施設ごと浄化する」
「馬鹿な!! そんなことをすれば!!」
「だから分離したんだろ」
レイは面倒そうに言う。
侵食部分だけを切り離す。
地下構造への被害は最小限。
ついでに子供たちも既に避難済み。
「準備終わってるんだよ」
伯爵の顔が絶望へ染まった。
◇
レイは静かに術式を完成させる。
そして。
「――『浄化焼却』」
蒼白い炎が地下空間を包み込んだ。
侵食魔素だけを選択的に焼き尽くす高密度術式。
黒い魔素が絶叫のような音を上げる。
擬似核が砕けた。
伯爵の身体が崩れていく。
「ば、かな……」
「悪いな」
レイは静かに言う。
「お前らの世界再構築より、俺は普通に飯食って笑ってる日常の方が好きなんだ」
蒼白い炎が全てを飲み込んだ。




