第七十八話 ぐうたら三男、腐敗貴族を追い詰める
ラウフェン伯爵は静かに笑っていた。
地下研究室の薄暗い光が、その痩せた顔を不気味に照らしている。
右腕は侵食によって黒く変色し、皮膚の下で何かが脈動していた。
もはや正常な人間には見えない。
「いやはや」
伯爵はゆっくり拍手する。
「まさかここまで辿り着くとは」
レイは半目になった。
「褒められても嬉しくねぇな」
「ドルーゴ様」
エミリーが小さく警戒を促す。
レイも分かっていた。
この男。
既にかなり侵食されている。
空気が妙に重い。
魔素が淀んでいた。
◇
「貴様か」
伯爵の濁った瞳がレイを見つめる。
「最近、我々の計画を邪魔しているのは」
「そっちが勝手に問題起こしてるだけだろ」
レイは肩を竦めた。
「子供攫って人体実験とか趣味悪すぎ」
「必要な犠牲だ」
即答だった。
「新たな世界のためには選別が必要なのだよ」
「あーはいはい」
レイは露骨に嫌そうな顔をした。
「そういうの聞き飽きた」
本当にうんざりしていた。
世界再構築。
選別。
進化。
侵食側の連中は似たようなことばかり言う。
だが結局。
犠牲になるのは弱い立場の人間だ。
◇
「貴様には分からん」
伯爵の声が低くなる。
「古代文明は正しかった」
「侵食による進化こそ人類の到達点――」
「失敗して滅びた文明の真似してる時点で説得力ゼロだろ」
レイが真顔で返した。
伯爵の顔が引き攣る。
エミリーが思わず吹き出しそうになるのを堪えていた。
「き、貴様……!」
「しかも子供利用してる時点で論外」
レイの声が静かになる。
「お前、自分の子供でも実験材料にできんの?」
伯爵が黙った。
図星だった。
レイは冷えた目を向ける。
「できねぇんだろ」
だったら。
最初から間違っている。
◇
空気が変わった。
伯爵の右腕が膨張する。
黒い魔素が噴き出した。
「ならば!!」
侵食が進行する。
皮膚が裂ける。
骨が軋む。
異形化。
もはや半分以上人間ではない。
「我らの理想の礎となれ!!」
「うわ気持ち悪っ」
レイは本音を漏らした。
伯爵が激昂する。
黒い腕が巨大化し、そのまま振り下ろされた。
轟音。
床が砕ける。
だが。
「遅い」
レイは既に横へ避けていた。
「ドルーゴ様、後方!」
「分かってる」
別方向から侵食個体が飛び込む。
培養槽の残骸から這い出してきたらしい。
「はいはい面倒面倒」
レイは片手を上げる。
古代魔語術式展開。
「――『焼却』」
蒼白い炎。
一瞬で侵食個体を飲み込む。
黒い肉塊が燃え落ちた。
だが伯爵は止まらない。
「侵食こそ完全なる進化!!」
「その姿で言われてもなぁ……」
説得力が皆無だった。
◇
伯爵の身体がさらに変異する。
右半身が完全に侵食体化。
黒い結晶が露出した。
レイの目が細まる。
「……核か」
オーブ。
いや、侵食型擬似核。
あれが動力源だ。
「ドルーゴ様、破壊できますか?」
「できるけど」
レイは嫌そうに顔をしかめた。
「あれ周囲と直結してる」
「……地下施設全体?」
「たぶんな」
雑に破壊すると施設ごと吹き飛ぶ。
しかも侵食拡散の危険付き。
「最後まで迷惑な奴ですね」
「ほんとそれ」
レイは深く溜息を吐いた。
◇
伯爵が咆哮する。
地下研究室全体が揺れた。
侵食魔素が暴走を始める。
壁面の術式が黒く染まる。
まずい。
かなりまずい。
「ドルーゴ様」
「分かってる」
レイは前へ出る。
そして。
空中へ巨大な古代魔語術式を展開した。
幾重にも重なる文字列。
地下空間そのものを覆う規模。
伯爵の顔が歪む。
「な……っ」
「悪いけど」
レイの目が冷える。
「子供泣かせる奴、嫌いなんだよ」
古代魔語が発光した。
「――『侵食分離』」
空間が震える。
侵食魔素と地下施設構造が強制分断され始めた。




