第七十七話 ぐうたら三男、研究資料を回収する
蒼白い炎が地下研究室を駆け抜ける。
侵食個体が悲鳴のような音を上げながら崩れていった。
黒い肉塊が焼け落ちる。
だが。
完全には止まらない。
「再生早っ……!」
レイは顔をしかめた。
焼いた端から侵食魔素が集まり、肉が蠢き始める。
王都地下封印区画で見た侵食個体と同じ系統。
核を潰さなければ止まらない。
「ドルーゴ様、右!」
エミリーの声。
横から獣型侵食個体が飛びかかってくる。
レイは振り向きもせず術式展開。
「――『固定』」
空間が軋む。
侵食個体が空中で停止。
そのまま。
「――『圧縮』」
バギンッ!!
見えない力が個体を握り潰した。
黒いオーブが露出する。
「はい終わり」
レイは軽く指を振る。
蒼白い炎がオーブを焼き尽くした。
今度こそ動かなくなる。
◇
「数が多いですね……!」
エミリーも短剣型魔道具を使って応戦していた。
黒衣が翻る。
魔道具から放たれる魔力刃が侵食個体を切り裂く。
流石に慣れている。
だが。
「地下研究施設一個でこの量かよ……」
レイはげんなりした。
培養槽の数。
侵食濃度。
研究規模。
全部が大きい。
個人貴族で隠せる規模ではない。
「組織的ですね」
「だろうな」
灰冠派。
あるいは仮面の男側。
どちらにせよ面倒な相手だ。
◇
その時。
奥の魔法陣が再び脈動した。
黒い結晶から魔素が溢れる。
『継承者』
「しつこい」
『管理権限適合率確認』
『接続を推奨』
「嫌です」
即答だった。
レイは本気で嫌そうな顔をする。
「なんで皆そんな権限押し付けたがるんだよ……」
アリアもそうだ。
仮面の男もそう。
やたら管理権限を渡したがる。
レイとしては危険物にしか見えない。
◇
だが。
結晶の脈動が変わった。
『強制観測開始』
「は?」
瞬間。
空間が歪む。
視界へ大量の情報が流れ込んだ。
古代施設。
侵食。
崩壊。
黒い海。
そして。
巨大な塔。
「っ……!」
レイが頭を押さえる。
ノイズ混じりの映像。
未到達地帯中心部らしき光景。
歪んだ巨大構造物。
その周囲を覆う黒い侵食。
『中央管理塔』
『管理権限中枢』
『再起動待機中』
「……は?」
レイの顔が引きつる。
嫌な予感しかしない。
というか確実にラスボス施設っぽい。
「ほんと帰りたい……」
心の底からそう思った。
◇
映像が消える。
レイは深く息を吐いた。
「大丈夫ですか?」
「……なんとか」
エミリーが心配そうに近寄る。
レイは頭を振った。
「未到達地帯にヤバい施設ある」
「でしょうね」
「否定してほしかった」
「無理があります」
現実は非情だった。
◇
その時。
エミリーが資料棚を見つける。
「ドルーゴ様、これ」
「ん?」
大量の研究資料。
侵食適合実験。
人身売買記録。
貴族名簿。
そして。
灰冠派との取引記録。
「……大当たりだな」
レイは半目になる。
証拠としては十分すぎる。
王都の一部貴族が侵食研究へ関与している。
しかも子供を使って。
「最悪だな」
静かな声だった。
怒っている。
本気で。
◇
エミリーが資料を回収していく。
「これだけあれば王国側も動けます」
「セシリアに投げよう」
「また丸投げするんですか」
「俺事務仕事嫌い」
「知ってます」
エミリーは慣れた様子だった。
◇
すると。
研究室奥の扉が開く。
ゆっくりと。
重い音を立てて。
現れたのは。
貴族服を纏った中年男だった。
痩せた顔。
濁った目。
そして。
侵食魔素で黒ずんだ右腕。
「……ドルーゴか」
男が笑う。
「余計な真似をしてくれたな」
ラウフェン伯爵。
この地下研究施設の主だった。




