第七十六話 ぐうたら三男、侵食研究室を見つける
子供たちの避難は迅速に進んだ。
エミリーが事前に確保していた退路。
路地裏へ繋がる搬入口。
さらに保護先の手配まで終わっている。
有能だった。
レイでは絶対そこまで頭が回らない。
「ミリーエ、あと頼む」
「ドルーゴ様は?」
「奥確認してくる」
リコが不安そうに服を掴んだ。
「ドルーゴ……」
「すぐ戻る」
レイは短く言う。
「悪い奴ら止めてくるだけだ」
できるだけ軽く。
怖がらせないように。
リコは小さく頷いた。
◇
地下奥へ続く通路は異様だった。
壁面に走る魔術回路。
淡く脈動する黒紫色の魔素。
空気が重い。
「……気持ち悪ぃ」
レイは眉をしかめる。
侵食濃度が高い。
普通人なら長時間いるだけで精神へ影響が出るレベルだ。
しかも。
「古代術式との混成型か」
現代魔法。
侵食。
古代文明技術。
無理矢理繋ぎ合わせている。
危険極まりない。
「教授が見たら喜びそう」
そしてセシリアがキレる。
容易に想像できた。
◇
通路の先。
重厚な金属扉。
表面には複雑な魔術式。
さらに侵食魔素による保護層。
厳重だった。
「ほんと無駄に本格的だな……」
レイは軽く扉へ触れる。
魔素構造解析。
複数鍵式。
現代術式。
古代術式。
侵食認証。
普通なら突破不可能。
だが。
「――『強制解除』」
古代魔語術式展開。
瞬間。
バチバチバチッ!!
扉全体へ光が走る。
侵食構造が強制停止。
古代術式が書き換えられる。
そして。
ゴォン――……
重い音を立て、扉が開いた。
「便利ですねぇ」
後ろから呆れ声。
エミリーだった。
「避難終わったのか」
「一通りは」
「早いな」
「ゴルード様のフォローに慣れてますので」
「なんか刺さる言い方だな……」
◇
室内へ入った瞬間。
空気が変わった。
薬品臭。
血臭。
魔素臭。
そして。
大量の培養槽。
「……うわぁ」
レイが本気で嫌そうな顔をした。
中には黒い液体。
侵食魔素。
変質した肉塊。
人型に近いものもある。
明らかにまともではない。
「侵食融合実験……」
エミリーの声も低い。
机には資料。
術式図。
人体実験記録。
レイは数枚手に取る。
「適合率低下」
「侵食定着失敗」
「管理領域接続試験……?」
レイの表情が険しくなる。
「これ」
「はい」
「仮面野郎のとこの技術系統だ」
間違いない。
王都地下封印区画。
あの時見た侵食術式と酷似している。
◇
さらに奥。
巨大な魔法陣があった。
床一面へ描かれた複雑な古代術式。
中央には黒い結晶。
脈動している。
まるで心臓のように。
「……なんだこれ」
レイは近づく。
瞬間。
頭へノイズが走った。
『――継承者』
「っ!」
レイが目を細める。
仮面の男の声。
直接脳へ響くような感覚。
『近づいている』
「気色悪ぃな……」
レイは舌打ちした。
結晶から黒い魔素が揺らめく。
『未到達地帯へ至れ』
『管理者権限を継承せよ』
『世界を再構築するために』
「断る」
即答だった。
「俺は平和にダラダラしたいだけなんだよ」
その瞬間。
黒い結晶が脈動する。
周囲の魔法陣が起動。
侵食魔素が噴き出した。
「……あーはいはい」
レイは盛大に溜息を吐く。
「やっぱ戦闘なるよなぁ!!」
◇
黒い肉塊が蠢く。
培養槽が次々破裂。
侵食個体が現れる。
人型。
獣型。
異形。
複数。
「レイ様」
「分かってる」
レイは前へ出る。
面倒臭い。
本当に面倒臭い。
だが。
ここで放置すれば被害が出る。
「――『焼却』」
古代魔語術式展開。
蒼白い炎が空間を薙ぎ払った。
侵食個体が一瞬で燃え上がる。
だが。
奥の黒い結晶はなお脈動していた。
まるで。
こちらを観察するように。




