第九話 ぐうたら三男、宮廷魔術師と会う
応接室には妙な空気が流れていた。
宮廷魔術師セシリア・レイン。
王都でも名の知れた才女。
その彼女が、なぜか楽しそうにレイを眺めている。
一方レイは。
(部屋に戻って惰眠をむさぼりたい)
本気でそう思っていた。
宮廷関係者は面倒事の塊だ。
しかも頭がいい。
下手な誤魔化しは通じない。
「それで?」
レイは紅茶を飲みながら言う。
「ドルーゴ・イレがどうした」
「最近、王都でも話題なんです」
セシリアは優雅に微笑んだ。
「革新的魔道具を次々開発する謎の錬金術師」
「へぇ」
「しかも古代魔語を扱う可能性がある」
レイは無表情を維持した。
エミリーは横で静かに紅茶を淹れている。
だが内心は。
(絶対面倒な流れです)
だった。
「王宮魔術研究院は大騒ぎですよ」
セシリアは続ける。
「失われた古代文明技術を再現できる存在かもしれない、と」
「夢見がちだな」
「実際、夢みたいな性能ですから」
自動加熱浴槽。
遠距離通信結晶。
高効率冷却保存庫。
どれも現代魔術では再現不可能。
特に魔力効率が異常だった。
「現在の魔術式は魔素消費が大きすぎるんです」
セシリアが真面目な顔になる。
「ですがドルーゴ・イレの魔道具は違う。消費が少なすぎる」
「へぇ」
「興味なさそうですね」
「眠い」
本当に眠そうだった。
セシリアは思わず吹き出す。
「ふふっ」
「笑うところか?」
「すみません。でも噂通りで」
「どんな噂だよ」
「“やる気のない超人”」
「誰だそんな失礼なこと言った奴」
たぶん全員である。
その時。
セシリアの視線がふと机へ向く。
「……これは?」
「あ」
机の端。
そこにはレイが昨晩作っていた魔道具が置かれていた。
銀色の小型板。
刻まれた複雑な古代魔語。
レイが「あっ」と言った時には遅かった。
セシリアの目が輝く。
「見せてもらっても?」
「だめ」
「即答」
「企業秘密」
レイは素早く回収しようとする。
だが。
セシリアの方が早かった。
ひょい、と持ち上げられる。
「あっ」
完全に取り上げられた。
エミリーが目を逸らす。
(あー……)
レイは諦めた顔になる。
セシリアは術式を見た瞬間、動きを止めた。
「……何ですかこれ」
「ただの試作品」
「古代魔語ですよね?」
「たぶん」
「たぶん?」
セシリアの表情が変わる。
研究者の顔だ。
「この配列……意味を持ってる?」
「まあ文字だし」
「文字!?」
セシリアが立ち上がった。
「やはり古代魔語は言語体系だったんですね!?」
「え、知られてなかったの?」
「断片説が主流です!!」
レイは「マジかぁ」という顔になる。
完全に感覚がズレていた。
日本語なので普通に読めるだけなのだが。
「レイ様」
エミリーが静かに口を開く。
「もう諦めた方がいいのでは?」
「まだ誤魔化せる」
「無理では?」
「いけるいける」
セシリアがじーっと見てくる。
完全に確信している目だった。
「レイ様」
「なんだ」
「あなた、“読める”んですね?」
「……」
「古代魔語を」
沈黙。
数秒後。
レイは視線を逸らした。
「まあちょっと」
「ちょっと!?」
セシリアが机を叩く。
「王都の研究者が百年以上研究して数単語しか解読できてないんですよ!?」
「効率悪いなぁ……」
「その発言が既におかしいんです!」
エミリーが苦笑する。
もはや隠す気がない。
いや本人だけは隠しているつもりなのだろうが。
「……なるほど」
セシリアは静かに息を吐いた。
そして真剣な顔で言う。
「では改めて依頼です」
「断る」
「まだ内容言ってません」
「宮廷案件は大体面倒」
「否定できません」
即答だった。
だがセシリアは諦めない。
「現在、王国は古代遺跡絡みの違法研究組織を追っています」
レイの目が細くなる。
「……続けて」
「各地で魔物変異事件が発生しているんです」
やはり。
レイの予想は当たっていた。
「その術式構造が、第四層の事件と酷似しています」
「つまり同一犯」
「可能性が高いです」
セシリアはレイを真っ直ぐ見る。
「力を貸してください、レイ様」
その目には。
純粋な覚悟があった。
レイはしばらく黙り込み。
そして。
「……働きたくない」
「そこですか」
「でも放置すると生活環境悪化しそう」
「しますね」
「はぁ……」
レイは深く深くため息を吐いた。
「俺のぐうたら生活維持のために協力する」
セシリアは笑った。
「ありがとうございます」
「勘違いするなよ?」
レイは真顔で言う。
「俺は正義のためじゃない」
「はいはい」
エミリーが微笑む。
「快適生活防衛者、ですもんね」
「そうそれ」
だが二人とも知っていた。
この人は結局。
困っている人を放っておけないのだと。




