第十話 ぐうたら三男、王都へ行きたくない
「王都?」
数秒の沈黙の後。
レイは露骨に嫌そうな顔をした。
「嫌だ」
「即答ですね」
セシリアが苦笑する。
応接室の空気はすっかり落ち着いていた。
もっとも。
レイだけはずっと「戻って寝たい」という空気を出している。
「だって王都だろ?」
「王都ですね」
「人多い」
「多いですね」
「貴族多い」
「ええ」
「絶対面倒」
「否定はできません」
セシリアが遠い目になる。
王都貴族社会。
それは陰謀と権力闘争と見栄の魔境である。
レイが嫌がるのも無理はない。
「ですが今回ばかりは、レイ様の知識が必要なんです」
「やだ」
「即答二回目」
「俺、地方でのんびり生きたい」
レイは本気だった。
王都など行けば間違いなく目立つ。
目立てば仕事が増える。
仕事が増えるとぐうたらできない。
死活問題である。
「レイ様」
エミリーがにこやかに口を開いた。
「行かないともっと面倒になりますよ?」
「なんで?」
「今回の事件、既に宮廷案件です」
「うん」
「つまり放置すると王都から調査団が大量に来ます」
「……」
「ゴールド領常駐になります」
「……」
「さらにドルーゴ関連も本格調査されます」
レイの顔が死んだ。
「脅迫だ」
「事実です」
「ぐぬぬ……」
セシリアが少し同情した目になる。
「本当に嫌なんですね……」
「俺の理想は昼まで寝て、菓子食って、趣味の魔道具作る生活なんだよ」
「完全に隠居老人なんですよねぇ……」
十八歳である。
その時だった。
コンコン、と扉が叩かれる。
「失礼します」
執事が入ってきた。
「レイ様。ギルド長がお見えです」
「ギルド長?」
「今?」
「急ぎとのことで」
レイたちは顔を見合わせた。
◇
数分後。
応接室へ入ってきたのは、ラグナベルク探索者ギルド長ガレスだった。
大柄な老年男性。
鋭い目つき。
歴戦の探索者特有の威圧感を持つ人物である。
だが。
「レイ坊ちゃん!!」
開口一番、それだった。
「頼む助けてくれ!!」
「嫌な予感」
レイは即座にソファへ沈み込んだ。
ガレスは机へ大量の書類を置く。
「ここ数日、ダンジョン異常発生が急増してる!」
「ふーん」
「第四層だけじゃねぇ! 第二層、第三層でも変異種確認だ!」
セシリアの顔が険しくなる。
「広域汚染……」
「しかも妙なんだ」
ガレスは一枚の地図を広げた。
「全部、“古代遺跡”の近くだ」
レイの目が細まる。
ゴールド地方には古代文明遺跡が点在している。
未解読の魔術装置。
崩壊した研究施設。
謎の石板。
その多くは危険すぎて封鎖されていた。
「……誰か遺跡を掘り返してるな」
「やっぱりわかるか」
ガレスが頷く。
「しかも相当知識ある連中だ」
「素人じゃない」
セシリアも同意する。
「王都でも同様の事件があります」
「全国規模かぁ……」
レイは心底嫌そうに呟いた。
本当に面倒なことになっている。
「それでな」
ガレスが真顔になる。
「今日、“封鎖遺跡”の一つが開いた」
「……は?」
レイの顔が変わった。
封鎖遺跡。
それは王国が危険指定した超高濃度魔素区域だ。
通常は絶対侵入禁止。
「昨日まで閉じてた地下門が突然開いた」
「被害は?」
「探索者が三組消えた」
空気が重くなる。
「生存反応は?」
「なし」
エミリーが静かに目を伏せた。
レイはしばらく黙り込み。
そして。
「場所は」
短く聞いた。
ガレスが地図を指差す。
「旧アストラ研究遺跡」
その名前を聞いた瞬間。
レイの顔から完全に表情が消えた。
「……アストラ?」
「知ってるのか?」
「いや」
レイは静かに目を閉じる。
知っている。
というより。
日本人なら誰でもわかる単語だった。
“アストラ”。
古代日本語由来ではない。
つまり。
(別系統の転生者か……?)
嫌な予感がした。
非常に。
ものすごく。
「レイ様?」
「……行く」
レイは立ち上がった。
「その遺跡、今すぐ調べる」
エミリーが驚く。
「珍しく即決ですね」
「嫌な予感がする」
レイは本気の顔だった。
そして小さく呟く。
「これ以上、変な日本知識持ちが暴れる前に止めないとまずい」




