第七十四話 ぐうたら三男、貴族街へ潜り込む
王都の夜は明るい。
大通りには魔導灯が並び、酒場からは笑い声が聞こえる。
復興途中とはいえ、王都は王都だ。
活気がある。
だが。
その光が強いほど、影も濃くなる。
「……ほんと分かりやすいよな」
レイは貴族街を見上げながら呟いた。
現在、ドルーゴ姿。
黒衣と仮面。
完全武装である。
隣には同じく黒衣姿のミリーエ。
「例の馬車、ここへ入った形跡があります」
「貴族街かぁ……帰りたい」
「まだ来たばかりですよ」
「もう十分働いたと思う」
「レイ様基準は参考になりません」
即答だった。
◇
王都の貴族街は、一般区域とは空気が違う。
広い石畳。
豪奢な屋敷。
巡回する私兵。
磨き上げられた馬車。
その一方で。
「……臭うな」
レイがぼそりと呟く。
魔素。
それも普通ではない。
侵食混じりの淀んだ気配。
「感じますか」
「うっすらな」
レイは視線を細める。
古代魔語を理解できるレイは、魔素構造への感覚も異常に鋭い。
普通の魔導士では気付かない違和感も見抜ける。
「方向は?」
「南側。でかい屋敷」
ミリーエが資料を確認する。
「……ラウフェン伯爵家ですね」
「あー」
レイは嫌そうな顔になった。
「聞いたことある」
「悪い意味で?」
「悪い意味で」
高利貸し。
違法奴隷。
裏商会との繋がり。
噂は前からあった。
だが決定的証拠がなく放置されていた貴族だ。
◇
レイたちは屋根の上へ移動する。
夜風が吹き抜けた。
下では巡回兵が歩いている。
「警備多いですね」
「後ろ暗いことしてる証拠だろ」
レイは屋敷を見下ろした。
かなり広い。
普通の貴族屋敷より警備が厳重だ。
しかも。
「……地下か」
「はい」
ミリーエも気付いていた。
魔素が地下へ流れている。
かなり大規模な術式。
「隠蔽結界までありますね」
「無駄に本格的だな」
レイは軽く指を振る。
空中へ古代魔語術式展開。
淡い光が夜闇へ溶ける。
「――『解析』」
瞬間。
屋敷地下へ張り巡らされた魔術構造が視界へ浮かび上がった。
多重隠蔽。
認識阻害。
侵入防止。
さらには魔素探知妨害まである。
普通ならまず気付けない。
だが。
「古代術式混ざってんな」
「……ですね」
ミリーエの声も低くなる。
レイは半目になった。
「ほんとどこでも出てくるなぁ」
仮面の男。
灰冠派。
古代文明技術。
全部繋がっている。
◇
「開けますか?」
「んー……」
レイは少し考える。
正面突破は簡単だ。
だが騒ぎになる。
それは面倒だった。
「静かに行く」
「珍しいですね」
「今回は子供優先」
ミリーエが少しだけ微笑む。
レイは基本ぐうたらだ。
だが。
子供絡みになると行動が早い。
◇
屋敷裏手。
古井戸に偽装された入口。
そこへ近づいた瞬間。
空気が変わった。
「……あ」
レイが呟く。
「どうしました?」
「かなり厳重」
井戸内部に高密度魔術が重なっている。
隠蔽。
誤認。
侵入阻害。
しかも一部は古代術式応用。
「普通の魔導士じゃ絶対見つからんなこれ」
「どうします?」
「いつも通り」
レイは面倒そうに片手を上げる。
空中へ古代魔語術式展開。
複雑な文字列が浮かぶ。
「――『開錠』」
瞬間。
ゴォン――……
重い音。
井戸内部の魔術構造が連鎖崩壊する。
隠蔽結界が一瞬で剥がれ落ちた。
地下へ続く石階段が露出する。
ミリーエが呆れたように息を吐く。
「毎回思いますけど」
「ん?」
「レイ様のそれ、厳重警備の意味なくしますよね」
「便利だろ?」
「便利の範囲がおかしいんです」
いつもの調子だった。
だが。
階段の奥から漂ってくる空気は重い。
血。
薬品。
そして。
侵食混じりの魔素。
レイの表情から緩さが消えた。
「……行くぞ」
静かな声。
黒衣の男は、闇の奥へ踏み込んだ。




