第七十一話 ぐうたら三男、教授に相談する
結論から言うと。
「俺は帰って寝たい」
それがレイの本音だった。
地下研究施設から押収した資料。
灰冠派。
未到達地帯。
仮面の男。
話がどんどん大きくなっている。
レイは基本的に面倒事が嫌いだ。
本当に嫌いだ。
できることなら自室でゴロゴロしながら美味い飯を食べていたい。
だが。
「放置すると絶対もっと面倒になりますよね」
エミリーの冷静な一言が刺さった。
「……だよなぁ」
レイは机へ突っ伏す。
完全にやる気を失っていた。
現在、王都拠点。
地下施設の後処理は匿名通報済み。
衛兵や宮廷側が慌ただしく動き始めている頃だろう。
なおレイたちは既に撤収済みである。
面倒だから。
「とりあえず」
レイは顔だけ上げた。
「教授呼ぶか」
◇
数時間後。
「素晴らしいねぇ!!!!」
アルベルト・クロイツは全力で目を輝かせていた。
机へ広げられた研究資料。
古代術式。
侵食関連記録。
地下研究施設から回収したデータ。
それらを見た瞬間、教授は完全に研究者モードへ突入していた。
「いやぁ!! これは貴重だ!! 実に貴重!!」
「声でかい」
「研究者だからね!」
万能免罪符が出た。
レイは頭を抱える。
予想通りである。
「ほら見てくれたまえレイ君!! この術式構造!! 無理矢理古代術式を現代魔法へ接続している!! 発想自体は面白い!! 危険極まりないが!!」
「危険なら駄目だろ」
「危険と浪漫は隣り合わせだからね!!」
「駄目研究者だこれ」
エミリーも呆れ顔だった。
だが教授は止まらない。
「しかも侵食因子との接続まで試みている!! 再現性は低いが理論だけなら非常に興味深――」
「教授」
レイが真顔で遮る。
「子供実験してた」
教授の口が止まった。
一瞬で空気が変わる。
先ほどまで楽しそうだった表情が消える。
「……なるほど」
静かな声だった。
「それは許容できないね」
アルベルトは研究者だ。
危険領域へ踏み込むこともある。
だが。
人命軽視はしない。
そこだけは徹底していた。
◇
「灰冠派、か」
アルベルトは資料を読みながら呟く。
「聞いたことはあるよ」
「マジで?」
「都市伝説程度だけどね。古代文明復活思想の秘密結社……と言われていた」
教授は顎へ手を当てる。
「まさか実在していたとは」
「しかも未到達地帯に本部あるらしい」
「ははは」
教授が乾いた笑いを漏らした。
「最高に面倒だね」
「だろ?」
「うん」
珍しく意見が一致した。
◇
アリアは静かに紅茶を飲んでいた。
最初の頃は食事すら不要と言わんばかりだった彼女だが、最近は普通に飲食している。
特に甘い菓子を覚えた。
レイのせいである。
「アリア君」
教授が視線を向ける。
「灰冠派について他に記録は?」
「一部存在」
「ぜひ教えてほしい」
「研究者適性・危険」
「褒め言葉かな?」
「警戒評価」
「辛辣だねぇ!?」
教授が笑う。
だが割と楽しそうだった。
レイはその様子を見て溜息を吐く。
「なんで仲良くなってんだよ」
「同系統」
アリアが即答した。
「どこが」
「未知への探究優先」
「やめろ俺まで巻き込むな」
レイは全力で否定した。
教授は笑う。
「いや君も十分研究者気質だと思うけどね?」
「違う。俺は快適生活追求型」
「結果が文明発展級なんだよなぁ」
「不本意」
本気である。
◇
その後。
回収資料の解析が進むにつれ、状況はさらに悪化した。
「……あー」
レイが死んだ目になる。
「未到達地帯周辺で侵食反応増加?」
「らしいねぇ」
教授は資料をめくる。
「しかも灰冠派が古代施設を複数確保している可能性が高い」
「最悪では?」
「最悪だね」
即答だった。
エミリーも頭痛を堪える顔をしている。
「これ、王国上層部案件では……」
「まあそうなんだけどねぇ」
教授は困ったように笑う。
「ただ問題は、王国側にも灰冠派関係者がいる可能性が高いことかな」
空気が重くなった。
内部汚染。
つまり下手に情報を流せない。
「……だから裏で動いてたのか」
レイは納得する。
仮面の男。
違法研究。
人身売買。
全部妙に動きが良すぎた。
王国内部に協力者がいるなら説明がつく。
◇
沈黙。
しばらく誰も喋らなかった。
そして。
「未到達地帯へ行く必要性、高」
アリアが静かに言った。
レイは盛大に嫌そうな顔をした。
「行きたくねぇ……」
「でも放置できませんよね?」
エミリーが優しく微笑む。
逃げ道を塞ぐ笑顔だった。
「レイ君」
教授まで笑顔になる。
「大発見の予感がするよ?」
「教授は黙ってろ」
本当に碌でもない。
だが。
レイは小さく息を吐いた。
結局。
放っておけないのだ。
スラム街の子供たち。
侵食被害。
仮面の男。
未到達地帯。
全部繋がっている。
「……準備だけはするか」
その呟きに。
エミリーが少しだけ安心したように笑った。




