第七十話 ぐうたら三男、黒幕組織の名前を知る
地下研究施設は静まり返っていた。
先ほどまで暴れていた侵食個体は跡形もなく消滅し、残ったのは焦げた石床と、崩壊しかけた術式装置だけだった。
研究者たちは完全に戦意を失っている。
腰を抜かしている者。
呆然と立ち尽くす者。
震えている者。
反応は様々だった。
レイはそんな連中を見回し、深く溜息を吐く。
「……で?」
気怠そうな声。
「誰が主犯?」
空気が凍る。
研究者たちが視線を逸らした。
「し、知らない……!」
「我々は資金提供を受けていただけだ!」
「上から命令されて……!」
「あーはいはい」
レイは露骨に面倒そうな顔をする。
「だいたいそう言うよなお前ら」
エミリーも冷たい視線を向けていた。
「子供を攫って実験しておいて被害者面ですか」
「っ……」
「少しは恥を知ってください」
普段穏やかな彼女にしては珍しく辛辣だった。
研究者たちが押し黙る。
レイはその中の一人へ近づいた。
年配の男。
さっきまで一番騒いでいた研究主任らしき人物だ。
「お前」
「ひっ」
「仮面の男と繋がってるんだろ?」
男の肩が震えた。
分かりやすい。
レイは半目になる。
「正直だなぁ」
「し、知らん……!」
「今の反応で?」
「っ……!」
図星だった。
◇
レイは近くの机へ腰掛ける。
完全にやる気のない姿勢だ。
だが逆に怖い。
「別にさ」
レイは淡々と続けた。
「俺、お前らの思想とか興味ないんだよ」
「……」
「世界再構築だの進化だの好きに語ればいい」
静かな声だった。
「でも」
その目だけが冷たい。
「子供巻き込んだ時点で終わりなんだわ」
研究者たちが息を呑む。
エミリーは黙っていた。
アリアも静かに立っている。
地下施設へ重い沈黙が落ちた。
やがて。
年配研究者が観念したように口を開く。
「……我々は、“灰冠派”の支援を受けていた」
「灰冠派?」
「古代文明復活を掲げる研究結社だ……」
レイは眉をひそめる。
初耳だった。
「そんな組織あったんだな」
「表には出ませんからね」
エミリーが小さく言う。
裏社会の話には詳しい。
「王都の一部貴族、研究者、商会が繋がっている可能性があります」
「うわ面倒」
本当に嫌そうだった。
◇
「仮面の男は?」
レイが聞くと、研究者は顔を青ざめさせた。
「あ、あのお方は特別だ……」
「どう特別なんだよ」
「侵食と対話できる存在……!」
「は?」
レイの眉間に皺が寄る。
意味が分からない。
侵食は災害だ。
意思疎通できる類ではない。
だが研究者は本気だった。
「あのお方は選ばれた管理者……!」
「継承者を探しておられる……!」
レイは嫌そうに顔をしかめた。
「……俺のことか」
研究者の口が止まる。
図星らしい。
「めんどくさ……」
本音だった。
最近やたら継承者だの管理者だの言われる。
レイ本人は平穏にダラダラ暮らしたいだけなのに。
◇
その時だった。
アリアが静かに口を開く。
「灰冠派。記録照合完了」
「ん?」
「古代文明末期存在確認」
空気が変わる。
レイがアリアを見る。
「知ってるのか?」
「正確には類似組織」
アリアの淡い蒼色の瞳が僅かに揺れた。
「管理権限独占派閥」
「うわぁ……」
嫌な予感しかしない。
「古代文明崩壊直前、一部管理者が侵食利用研究を開始」
アリアは淡々と続ける。
「結果、多数暴走」
「つまり?」
「侵食災害拡大要因の一つ」
レイは頭を抱えた。
「最悪じゃねぇか……」
エミリーも疲れた顔になる。
「つまり現在の灰冠派は、その思想を継いでいる可能性があると?」
「可能性高」
アリアは頷いた。
「仮面の男も同系統存在推定」
「……あーもう」
レイは盛大にソファへ倒れ込みたそうな顔をした。
話が大きすぎる。
本当に勘弁してほしい。
◇
その時。
「レイ様」
エミリーが静かに呼ぶ。
「どうした?」
「この書類」
差し出された資料。
そこには地図が描かれていた。
王都周辺。
複数の印。
そして。
一番大きな赤印が、大陸中央方向へ向けられている。
未到達地帯。
レイの顔つきが変わった。
「……おい」
研究者が震えた。
「あ、あそこには行くな……」
「理由は?」
「灰冠派本部がある……!」
地下施設へ沈黙が落ちた。
未到達地帯。
大陸中央。
世界最大級の危険区域。
そこに仮面の男たちがいる。
レイはしばらく黙っていた。
そして。
「……いやほんと」
心底疲れた声で呟く。
「なんで俺、こんなことになってんの?」




