第六十九話 ぐうたら三男、侵食個体を解体する
異形は咆哮と共に突進してきた。
石床を砕くほどの脚力。
黒ずんだ魔素を撒き散らしながら、一直線にレイへ迫る。
「うお、速っ」
レイは半歩横へ避けた。
直後。
轟音。
異形が背後の石壁へ激突し、地下施設全体が揺れる。
粉塵が舞った。
エミリーが目を細める。
「強引ですね……」
「侵食で身体能力無理矢理引き上げてるな」
レイは異形を観察する。
筋繊維。
魔素循環。
魔石接続。
全部めちゃくちゃだった。
短時間なら強い。
だが長期稼働は不可能。
暴走前提の強化個体だ。
「雑な改造だなぁ……」
「効率劣悪」
アリアも即答する。
「だよな」
その時。
異形の腕が変形した。
黒い魔素が集束し、巨大な刃のような形状を形成する。
「うわ気持ち悪っ」
レイは本音を漏らした。
次の瞬間。
横薙ぎ。
暴風のような一撃が地下区画を薙ぎ払う。
棚が吹き飛び、研究資料が宙を舞った。
「レイ様!」
「大丈夫」
レイは片手を前へ出す。
空中へ展開される古代魔語術式。
「――『固定』」
瞬間。
周囲空間が停止した。
異形の腕が空中で凍りつく。
「……ギ、ァ?」
侵食個体が困惑したように唸る。
レイはそのまま近づいた。
「はい観察終了」
黒い腕へ触れる。
そして。
「――『分解』」
古代魔語が発動。
異形の右腕を構成していた魔素構造が崩壊した。
黒い刃が粒子状に分解されて消滅する。
「ギァァァァァッ!?」
絶叫。
研究者たちの顔色が変わった。
「な、なんだその術式は……!」
「侵食構造を直接……!?」
「いや普通に分解しただけだけど」
「普通ではありません」
エミリーが即座に突っ込む。
最近このやり取りが定番化していた。
◇
だが異形は止まらなかった。
失った腕が黒い魔素で再生を始める。
侵食特有の異常再生。
「うわぁ……」
レイは露骨に嫌そうな顔をした。
「ほんと侵食ってしつこい」
「侵食因子高濃度確認」
アリアが淡々と告げる。
「核を潰さないと駄目ですね」
エミリーも戦闘補助術式を展開する。
地下区画へ緊張感が走った。
その瞬間。
異形が突然、檻の方向へ向きを変えた。
「――ッ!」
レイの顔色が変わる。
子供たちはまだ眠ったままだ。
避難できない。
「おい待て」
異形が突進。
一直線。
檻ごと破壊する気だ。
「っ、レイ様!」
「分かってる!」
レイは地面を蹴った。
一瞬で加速。
異形の前へ割り込む。
そして。
空中へ複数の古代魔語術式を同時展開した。
「――『停止』」
「――『固定』」
「――『遮断』」
三重術式。
地下空間そのものが軋む。
異形の動きが強制停止した。
だが。
黒い魔素が暴走する。
「ギァァァァァ!!」
「うるさ……!」
侵食魔素が周囲へ噴き出した。
石壁侵食。
床侵食。
空間汚染。
地下施設そのものが黒く染まり始める。
研究者たちが悲鳴を上げた。
「ば、暴走だ!」
「制御できん!!」
「逃げろ!!」
レイは盛大に顔をしかめる。
「だから雑なんだよお前らの研究は……!」
侵食を制御できていない。
ただ利用しただけ。
こんなもの、いつか破綻するに決まっている。
そして被害を受けるのは、いつも関係ない人間だ。
レイの目が冷える。
◇
「アリア」
「対応可能」
「侵食拡散止める。子供頼む」
「了解」
アリアが静かに前へ出る。
淡い蒼色の瞳が発光した。
古代文明系統術式展開。
空間固定。
侵食拡散抑制。
檻周辺の空間が白い光で包まれる。
研究者たちが絶句した。
「な、なんだあれは……」
「管理者補助端末系統……!?」
レイはそれを聞いて舌打ちする。
「余計なこと言うなよ……」
完全に古代文明関係者だとバレる単語だった。
まあ今さらでもある。
◇
「さて」
レイは侵食個体へ向き直る。
黒い魔素が荒れ狂っていた。
もはや原型も崩れ始めている。
「……面倒だから終わらせるか」
レイは片手を掲げた。
空中へ巨大な古代魔語術式が展開される。
地下施設全体を覆う規模。
研究者たちが青ざめた。
「な、なんだその魔力量……!」
「ありえない……!」
レイは淡々と告げる。
「――『侵食構造分解』」
瞬間。
世界が白く染まった。
轟音。
黒い魔素が崩壊する。
侵食因子。
再生構造。
強制接続された魔石。
全部まとめて分解。
異形が絶叫した。
「ギァァァァァァァ――!!」
そして。
崩れた。
黒い粒子となって消滅する。
静寂。
地下施設へ沈黙が落ちた。
研究者たちは呆然としている。
レイは深く溜息を吐いた。
「……疲れた」
「お疲れ様です」
エミリーが即座にお茶を差し出した。
「なんで持ってるの?」
「レイ様が疲れると思って」
「有能すぎる」
地下施設の惨状を前にしながら。
レイだけはいつもの調子だった。




