第六十七話 ぐうたら三男、貴族街へ忍び込む
翌朝。
レイは珍しく早起きだった。
「眠い……」
ソファに突っ伏したまま呻く。
エミリーが呆れた顔で紅茶を置いた。
「昨夜遅くまで資料を見ていたからでしょう」
「だって思った以上に黒かったんだもん……」
机には地下倉庫から押収した書類が山積みになっていた。
人身売買。
違法魔石取引。
古代術式研究。
貴族間の裏取引。
控えめに言って地獄だった。
しかも。
「貴族街の連中、思ったより腐ってるなぁ……」
レイは頭を抱える。
地方でも腐敗貴族はいた。
だが王都は規模が違う。
権力。
金。
研究機関。
全部が絡んでいた。
そしてその先に、仮面の男の影が見える。
「面倒すぎる……」
「今さらですね」
エミリーは慣れた様子で書類を整理していた。
有能である。
本当に有能だ。
ドルーゴ活動の半分くらいはエミリーが回していると言っても過言ではない。
「で、今日はどうされます?」
「この屋敷調べる」
レイは一枚の書類を机へ置いた。
そこに記されているのは貴族名と住所。
王都貴族街。
中級貴族。
地下倉庫の運営資金提供者の一人だ。
「正面から?」
「嫌だ」
「ですよね」
「なので忍び込む」
即答だった。
◇
夜。
王都貴族街。
昼間とは違い、静かな空気が流れている。
整備された石畳。
等間隔に並ぶ街灯。
豪奢な屋敷群。
スラム街とは別世界だった。
黒衣姿のレイは屋根の上からそれを見下ろす。
「金あるなぁ……」
「感想が雑です」
隣ではミリーエ姿のエミリーが溜息を吐いていた。
アリアも同行している。
白い髪は黒布で隠していた。
目立つからである。
「対象屋敷確認」
アリアが前方を指差す。
三階建ての豪邸。
警備兵も多い。
普通なら侵入は困難。
だが。
「まあ、うん」
レイは気怠そうに呟く。
「俺いるしなぁ」
「毎回思いますけど、その自己評価の低さはなんなんですか」
「事実だろ」
レイは屋敷へ視線を向けた。
空中へ小さな魔方陣が展開される。
刻まれる古代魔語。
「――『認識阻害』」
魔力が周囲へ溶ける。
次の瞬間。
警備兵たちの視線が自然と逸れた。
「よし」
「相変わらず無法ですね……」
「便利なんだよ日本語」
「にほんご?」
アリアが反応した。
「……アリアまで反応するのか」
「記録未存在単語」
「気にするな」
レイは誤魔化した。
最近ちょくちょく口を滑らせる。
気を付けなければ。
◇
三人は静かに屋敷へ侵入した。
窓から二階へ。
廊下には高級絨毯。
壁には絵画。
無駄に豪華である。
「金持ちだなぁ……」
「悪事で稼いでいるならなおさら質が悪いですね」
エミリーの声は冷たい。
普段穏やかな彼女だが、子供関係にはかなり厳しい。
レイも同意見だった。
その時。
アリアが立ち止まる。
「反応」
「何?」
「地下方向。古代術式類似波長」
レイの顔つきが変わる。
「また地下かよ……」
嫌な予感しかしない。
だが確信も強まっていた。
この屋敷は黒だ。
◇
地下への扉には厳重な封印術式が施されていた。
しかも現代術式だけではない。
無理矢理組み込まれた古代術式痕跡。
「雑だな……」
レイは眉をひそめる。
「理解しきれてない奴が真似してる」
「暴走危険性あり」
アリアが即答した。
「でしょうね」
エミリーも呆れている。
レイは軽く扉へ触れた。
普通なら解除困難。
下手に触れば警報術式が起動する。
だが。
「――『解錠』」
古代魔語が刻まれる。
瞬間。
複雑に絡み合っていた術式が沈黙した。
鍵解除。
封印停止。
警報無効化。
全部まとめて終了である。
エミリーが半目になる。
「本当に古代術式が可哀想になりますね」
「便利だからしょうがない」
重い音を立て、地下扉が開く。
その奥から。
微かに子供の泣き声が聞こえた。
空気が変わる。
レイの目から気怠さが消えた。
「……いるな」
「はい」
エミリーも頷く。
アリアの淡い蒼色の瞳が暗闇を見つめていた。
「侵食反応、微弱確認」
「は?」
レイの声が低くなる。
最悪だった。
人身売買だけではない。
侵食まで絡んでいる。
「……マジで潰すぞ、これ」
静かな怒気を纏ったまま。
レイは地下へ足を踏み入れた。




