第六十五話 ぐうたら三男、裏倉庫を制圧する
最初に吹き飛んだのは、先頭にいた男だった。
「がっ――!?」
鈍い音と共に、男の身体が地下室の壁へ叩きつけられる。
石壁に亀裂が走った。
残りの男たちが一瞬硬直する。
その隙に、レイは深く溜息を吐いた。
「……だから嫌なんだよなぁ、こういうの」
気怠そうな声。
だが空気は冷えていた。
男たちは慌てて武器を抜く。
「殺せ!!」
「侵入者だ!」
短剣。
棍棒。
粗悪な魔道具。
一斉に襲い掛かってくる。
普通の相手なら脅威だっただろう。
だが。
「遅い」
レイの姿が消える。
次の瞬間。
男たちがまとめて吹き飛んだ。
地下室へ連続して衝撃音が響く。
「ごぁっ!?」
「ぐっ……!」
加減はしている。
一応。
死なない程度には。
エミリーが小さく呟く。
「最近ちょっと雑になってませんか?」
「王都来てから加減考えるの面倒になってきた」
「それ、全然よくありませんからね?」
男の一人が震えながら魔道具を取り出した。
「ひ、ひぃっ……!」
発動。
火炎術式。
狭い地下室へ炎弾が放たれる。
だが。
「危な」
レイは片手を前へ出す。
空中へ淡い魔方陣が展開された。
そこへ刻まれる古代魔語――つまり日本語。
「――『分解』」
瞬間。
炎弾を構成していた魔素構造が崩壊した。
火球は空中で霧散する。
男たちの顔から血の気が引いた。
「な、なんだこいつ……」
「化け物か……!?」
「失礼な」
レイは本気で嫌そうな顔をした。
「俺、平和的ぐうたら生活を愛する一般貴族なんだけど」
「どこが平和的なんですか……」
エミリーが呆れたように返す。
◇
残っていた最後の男が階段へ走った。
「逃がすか」
レイが追おうとした瞬間。
重い音。
地下室全体へ魔力が走った。
「……っ」
エミリーが目を細める。
壁面に刻まれていた術式が赤黒く発光していた。
「自壊術式!?」
「証拠隠滅かよ!」
レイは舌打ちする。
しかもかなり大規模だ。
地下ごと潰す気らしい。
普通なら即時撤退案件。
だが。
「レイ様」
「ああ、分かってる」
レイは面倒そうに片手を上げた。
空中へ魔方陣が展開される。
そこへ刻まれる古代魔語。
「――『強制停止』」
瞬間。
地下室全体へ走っていた魔力が凍りついた。
発光停止。
術式沈黙。
静寂。
「……え?」
男たちが呆然とする。
エミリーはもう慣れていた。
「毎回思いますけど、本当に無茶苦茶ですね……」
「便利なんだよ、日本語」
「にほんご?」
男たちが困惑した顔をする。
レイは「あ、しまった」という顔をした。
「いや、なんでもない」
「全然なんでもなさそうでしたけど?」
「気にするな」
誤魔化した。
いつものことである。
本来なら複数術者による解除作業が必要な規模だった。
だがレイは、上位命令で強引に停止させてしまった。
アリアが静かに術式を見つめる。
「管理権限系統命令確認」
「やっぱそっち寄りか」
レイは顔をしかめる。
最近、こういう術式が増えている。
誰かが古代文明技術を中途半端に利用している。
しかもかなり危険な方向で。
◇
「さて」
レイは逃げ損ねた男たちを見下ろした。
「話してもらおうか」
「し、知らねぇ!」
「俺らは運搬だけだ!」
「貴族様の命令で……!」
あっさり白状した。
レイは呆れる。
「忠誠心ゼロかよ」
「レイ様相手に隠し通せると思ってないんでしょうね」
「賢いな」
男たちは震えていた。
ドルーゴ。
王都でも噂は広がっている。
黒衣の仮面。
盗賊狩り。
悪徳貴族潰し。
そして意味不明な強さ。
「依頼主は」
「し、知らねぇ! 本当に!」
「直接会ったこともない!」
「貴族街の屋敷に運ぶだけだ!」
レイは書類を確認する。
複数の貴族名。
偽名も多い。
だが繋がりは見えてきた。
「人身売買だけじゃないな……」
薬品。
魔石。
古代術式研究。
そして。
「……子供ばっか集めてる?」
レイの目が細くなる。
年齢が偏っていた。
十歳前後。
魔力量が多い個体。
条件選別までされている。
胸糞が悪い。
「侵食研究関連可能性」
アリアが淡々と告げた。
空気が重くなる。
「……仮面野郎か?」
「断定不可。ただし関連性あり」
レイは深く息を吐いた。
面倒事の規模がどんどん大きくなっている。
本当にやめてほしい。
◇
その時だった。
「ドルーゴー!!」
上から聞き覚えのある声が響く。
カインだった。
「おい待て来るなって言っただろ!」
レイが叫ぶが遅い。
カインたち子供が階段を駆け下りてきた。
そして地下室を見て固まる。
「うわ……」
檻。
鎖。
倒れた男たち。
空気が変わった。
レイは小さく舌打ちする。
見せたくなかった。
こういうのは。
だが。
カインは震えながら言った。
「……これ、何?」
レイは少し黙る。
どう誤魔化すか考えた。
けれど。
結局、誤魔化せなかった。
「悪い大人の倉庫だ」
静かな声。
「お前らみたいな子供を売ろうとしてた」
子供たちの顔が青ざめる。
カインが拳を握った。
「……最低だ」
「ああ」
レイは短く答えた。
そして。
「だから潰す」
その声は、静かに怒っていた。




