第六十四話 ぐうたら三男、廃屋を調べる
王都のスラム街は入り組んでいる。
細い路地。
崩れかけた建物。
積み上がる廃材。
慣れていなければまず迷う。
だがカインは迷いなく進んでいた。
「こっち!」
「元気だなぁ……」
黒衣姿のレイは気怠そうに後を歩く。
隣ではミリーエ姿のエミリーが周囲を警戒し、アリアは静かに辺りを観察していた。
「レイ様、かなり奥ですね」
「だな」
人通りも減っている。
空気が淀んでいた。
スラム街でも特に治安の悪い区域だ。
住民すら近寄らない場所がある。
そして大抵、そういう場所には碌でもない連中がいる。
「ここ!」
カインが指差した。
そこにあったのは、半ば崩れた石造りの建物だった。
二階部分は崩落し、窓も割れている。
一見するとただの廃屋。
だが。
「……妙だな」
レイは目を細めた。
「はい。人の出入りがありますね」
エミリーも気付いていた。
足跡。
荷車の跡。
そして微かに漂う薬品臭。
「廃屋にしては綺麗すぎる」
「管理痕跡確認」
アリアが淡々と言う。
レイは頭を掻いた。
「めんどくせぇ匂いしかしないなぁ……」
「帰ります?」
「帰りたい」
「でも帰りませんよね」
「……」
否定できない。
レイは溜息を吐きながら入口へ近付く。
すると。
「ドルーゴ、それ!」
カインが地面を指差した。
落ちていたのは、小さな金属片。
レイは拾い上げ、表情を曇らせる。
「……魔道具部品か」
しかも粗悪品ではない。
かなり精度が高い。
王都でも限られた工房でしか作れないレベルだった。
「なんでこんな場所に……」
エミリーが警戒を強める。
レイは無言で建物を見る。
嫌な予感が強くなっていた。
◇
「カイン、お前たちはここで待機」
「えー」
「えーじゃない。危ない」
「むぅ……」
「後で飯奢る」
「待つ!」
「現金なやつだな」
子供たちを広場側へ下がらせる。
その後、レイたちは静かに廃屋へ侵入した。
内部は暗い。
だが完全な廃墟ではなかった。
床には最近ついた靴跡。
荷物を運んだ跡。
不自然に片付けられた床。
「……あるな」
レイはしゃがみ込み、石床へ触れた。
魔素の流れ。
隠蔽術式。
かなり厳重だ。
「現代魔術式による認識阻害と隠蔽ですね」
エミリーが小声で言う。
「しかも多重構成。普通なら気付かない」
王都でも上位術者クラスの技術だ。
スラム街の廃屋に仕込むような代物ではない。
レイは面倒そうに頭を掻いた。
「ほんと金と技術だけはあるな、こういう連中」
普通なら解除にも時間がかかる。
だが。
「まあ、意味ないけど」
レイは床へ手をかざした。
空中へ淡く光る魔方陣が展開する。
そこへ刻まれるのは――現代では失われた古代魔語。
つまり、日本語。
「――『認証解除・開放』」
瞬間。
床の術式が一斉に軋んだ。
複雑に絡み合っていた魔素構造が、上位権限で強引にねじ伏せられる。
次の瞬間。
ゴゴゴ……と重い音を立て、石床が横へスライドした。
地下へ続く階段が現れる。
エミリーが苦笑した。
「毎回思いますけど、レイ様が絡むと古代術式が可哀想になりますね」
「鍵開け感覚なんだよなぁ」
「本来なら国家級術者案件です」
「面倒だから簡単に開けてるだけ」
アリアが静かに階段を見下ろしていた。
「管理系統術式類似」
「やっぱそっち系か……」
レイは嫌そうな顔をする。
地下から漂ってくる空気が不快だった。
◇
階段を下りる。
湿気。
薬品臭。
そして微かな鉄臭さ。
「……血?」
エミリーの目が細くなる。
レイも表情を消した。
地下室へ辿り着く。
そこにあったのは。
「……おいおい」
並んだ檻だった。
空ではある。
だが使用されていた痕跡が濃い。
粗末な毛布。
鎖。
食器。
そして壁際には大量の書類。
「人身売買、ですかね」
エミリーの声が低くなる。
レイは無言で書類を手に取った。
年齢。
性別。
特徴。
値段。
胸糞悪い内容だった。
「……クソ貴族ども」
静かな声。
怒っている時ほど、レイは逆に静かになる。
アリアは周囲を見回していた。
「侵食反応なし」
「そっちはまだマシか……」
だが次の瞬間。
アリアが足を止めた。
「……古代術式痕跡検出」
「は?」
レイの目つきが変わる。
壁際。
そこには薄く刻まれた術式痕があった。
現代術式ではない。
古代術式。
しかも。
「これ……古代魔語か?」
レイは目を細める。
刻まれているのは日本語。
だが崩れている。
断片的だ。
「術式模倣痕跡」
「誰かが無理矢理再現してるのか……?」
完全理解しているわけではない。
だが一部だけ真似している。
それでも危険だった。
レイの中から気怠さが消えていく。
「レイ様、こちら」
エミリーが別の書類を見つけていた。
そこに刻まれた紋章。
レイは顔をしかめる。
「……貴族街の連中か」
しかも複数。
かなり根が深い。
「めんどくさいことになってきたなぁ……」
本音だった。
本気で帰りたかった。
だが。
檻。
子供サイズの鎖。
書類。
全部が見過ごせない。
レイは深く溜息を吐いた。
「……潰すか」
「はい」
エミリーが静かに頷く。
アリアも無言で立っていた。
その時だった。
物音。
階段の上。
「誰か来る」
アリアが告げた瞬間。
地下室の扉が開いた。
「――誰だ!?」
怒声。
武装した男たちが入ってくる。
そして黒衣の仮面を見た瞬間。
「っ!? ドルーゴ!?」
空気が凍った。
レイはゆっくり振り返る。
「なあ」
静かな声。
「子供売って稼ぐの、楽しいか?」
男たちの顔が青ざめた。
次の瞬間。
地下室に鈍い衝撃音が響いた。
補足:黒衣と仮面の特徴からレイは「ドルーゴ」としてスラム街や裏社会ではすでに認識されて名が売れてます。悪にたいして攻撃的なのも知られているので、黒衣で仮面の人物が開錠されている地下にいれば自分たちの悪事がドルーゴにばれた!ってことで驚くことになります。




