第六十三話 ぐうたら三男、子供たちに振り回される
翌日。
「……眠い」
朝食後、レイは机へ突っ伏していた。
昨日の炊き出しの疲労がまだ抜けていない。
というか、朝からずっと子供たちに引っ張り回されていたせいで精神的に疲れていた。
「自業自得では?」
紅茶を淹れながらエミリーが冷静に返す。
「俺はただ、ちょっと飯配っただけなんだけど」
「工房の修理もして、怪我人診て、孤児の相談聞いて、夜まで遊び相手してましたよね」
「……記憶にございません」
「現実逃避しないでください」
レイはぐったりソファへ沈み込む。
本来なら今日は屋敷でだらだら過ごす予定だった。
美味い昼飯を食べて昼寝して、ついでに新型保温魔道具でも作るつもりだったのだ。
完璧な休日計画である。
だが。
「ドルーゴー!」
外から元気な声が響いた。
レイは嫌そうな顔になる。
「……聞こえない」
「完全に聞こえてますね」
「居留守って偉大な文化なんだぞ」
「残念ながら門番さんが普通に通しました」
「裏切り者め……」
玄関の方から慌ただしい足音。
そして勢いよく扉が開く。
「ドルーゴ! 大変!」
飛び込んできたのはカインだった。
他にも数人の子供たちがいる。
「どうした」
「工房の煙突が変!」
「変?」
「なんか変な煙出てる!」
「……また詰まらせたな?」
「違うって!」
レイは盛大に溜息を吐いた。
◇
結局。
レイはまた黒衣姿でスラム街へ来ていた。
「なんで俺こんな働いてんだろ……」
「レイ様が放っておけないからでは?」
「認めない」
工房へ到着すると、確かに煙突から黒煙が出ていた。
周囲の住民たちも困った顔をしている。
「旦那、急にこうなってよ……」
「どれ」
レイは炉を覗き込み、内部構造を確認する。
そして数秒後。
「あー……」
「原因分かりました?」
「誰だよ炉にゴミ突っ込んだの」
沈黙。
子供たちが一斉に目を逸らした。
「お前らか」
「だ、だって燃えそうだったし……」
「なんでも燃やすな!」
レイは頭を抱えた。
炉内部に溶けた金属片が詰まり、魔素循環が狂っていた。
「危ねぇなぁもう……」
下手をすれば爆発していた。
レイは工具を取り出し、慣れた手つきで修理を始める。
すると子供たちが後ろから覗き込んできた。
「すげー……」
「どうなってんの?」
「魔素流路。ここ詰まると暴走する」
「へぇ……」
「あと勝手に変なもん入れるな」
「はーい……」
返事だけは素直だった。
◇
修理を終えた頃には昼になっていた。
広場には簡素な昼食の匂いが漂っている。
「ドルーゴも食う?」
住民の女性がスープを差し出してきた。
「ん、もらう」
レイは普通に受け取った。
最近では、スラム街の住民たちも自然にレイへ食事を分けるようになっている。
助けてもらうばかりでは悪い。
そんな空気だった。
レイはスープを一口飲む。
「……うま」
「ほんとかい?」
「塩加減ちょうどいい」
女性が嬉しそうに笑った。
エミリーが呆れ半分に言う。
「ほんと食事好きですね」
「飯は大事」
「また始まりました」
「美味い飯は人生を豊かにするんだよ」
「毎回熱弁しますよね、それ」
その時だった。
隣で静かにスープを見ていたアリアが口を開く。
「……温かい」
「そりゃ温かいスープだからな」
「違う。感覚的表現」
レイとエミリーが揃ってアリアを見る。
アリア本人も少し考え込むように黙った。
「……不明」
「まあ、そのうち分かるだろ」
レイは気楽に返した。
最近のアリアは少しずつ変わってきている。
スラム街の子供たちに囲まれたり、食事をしたり、人の生活を見たり。
そういう積み重ねが、何かを学ばせているのかもしれない。
◇
午後。
子供たちは工房の外で遊び始めていた。
「ドルーゴ! 見て!」
カインが木箱を抱えて走ってくる。
中には魔石の欠片が入っていた。
「拾った!」
「どこで?」
「あっちの廃屋!」
レイは眉をひそめた。
「……廃屋?」
「うん!」
嫌な予感がした。
スラム街には、妙に人の寄り付かない建物がある。
貴族や裏商人の隠れ倉庫として使われることも珍しくない。
「案内できるか?」
「できる!」
「レイ様?」
エミリーが少し警戒した声を出す。
レイも分かっていた。
たぶん面倒事だ。
だが。
「……放置して子供が近付く方が危ねぇか」
結局そうなる。
レイは立ち上がった。
「案内しろ」
「うん!」
カインは元気よく頷いた。
その背中を見ながら、アリアが静かに呟く。
「嫌な予測反応あり」
「奇遇だな。俺もだよ」
レイは深く溜息を吐く。
どうやら今日も、ぐうたらとは程遠い一日になりそうだった。




