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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
3章

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第六十二話 ぐうたら三男、炊き出しする

 王都のスラム街の朝は早い。


 日の出と同時に、人々は生きるために動き始める。


 瓦礫を運ぶ者。


 廃材を解体する者。


 仕事を探して歩き回る者。


 そして、腹を空かせた子供たち。


 王都中心部の華やかさとは別世界だった。


「……朝から重い光景だなぁ」


 黒衣の仮面越しに、レイはぼやいた。


 現在時刻、朝六時。


 本来ならまだ寝ている時間である。


 だが今日は珍しく早起きしていた。


 原因は。


「ドルーゴ! 鍋焦げそう!」


「こっちの水足りねぇ!」


 スラム街の空き広場が大騒ぎになっていた。


 炊き出しである。


 しかも結構な規模の。


「……なんでこうなった」


「レイ様が昨日“寒くなってきたし炊き出しでもやるか”って言ったからですよ」


 隣で黒衣姿のミリーエ――エミリーが呆れたように返した。


「軽いノリだったんだけど」


「周囲は本気にします」


「解せぬ」


 ちなみに食材は、


ドルーゴ製魔道具で稼いだ資金

スラム街の住民たちの協力

工房で働き始めた人々の手伝い


などで集まっている。


 最近では、ドルーゴが工房や仕事を作ってくれるおかげで、少しずつ生活に余裕が出始めた者もいた。


「旦那! スープ味見頼む!」


「んー」


 レイは大鍋を覗き込む。


 野菜と肉を煮込んだシンプルなスープ。


 だが栄養はしっかりしている。


 木匙で一口飲み。


「塩ちょい足りん」


「おっしゃ!」


 即座に調整される。


 レイは食事へのこだわりが強い。


 美味い飯は正義。


 これは転生前から変わらない価値観だった。


「パン焼けたぞー!」


 香ばしい匂いが広場へ漂う。


 子供たちの目が一斉に輝いた。


「今日パンあるの!?」


「まじ!?」


「ちゃんと並べよー」


 レイが声をかけると、子供たちは素直に列を作る。


 以前なら奪い合いになっていた。


 だが今は違う。


 “ドルーゴはちゃんと全員に配る”


 それを皆知っていた。


     ◇


「……不思議」


 少し離れた場所で、アリアが炊き出しを眺めていた。


 銀色の長髪は簡素な布で軽く隠している。


 以前よりは随分、人間社会へ馴染み始めていた。


「何が?」


 レイが隣へ立つ。


「非効率」


「うん?」


「個体維持のみなら最低限栄養摂取で十分」


「あー」


 レイは苦笑した。


 いかにもアリアらしい答えだった。


「でも飯って、そういうもんじゃないんだよ」


「理解不能」


「楽しいんだ」


 スープの湯気。


 パンの匂い。


 笑い声。


 騒がしい空気。


「美味い飯食って、“また頑張るか”って思えるなら、それだけで意味ある」


 アリアは静かに周囲を見る。


 子供たちは笑っていた。


 疲れた大人たちも、今だけは少し表情が柔らかい。


「……感情安定効果?」


「そんな感じ」


「曖昧」


「人間だからな」


 アリアは少し黙り込んだ。


 最近こうして、“理解できないものを理解しようとする”ことが増えている。


 それは以前にはなかった変化だった。


     ◇


 昼頃。


 炊き出しはさらに賑わっていた。


「ドルーゴ!」


 小柄な少年が走ってくる。


 以前チンピラに絡まれていた少年だ。


 名前はカイン。


 最近は工房にもよく顔を出している。


「どうした?」


「これ!」


 差し出されたのは、小さな金属部品。


 簡易魔道具の接続具だった。


 粗削りだが悪くない。


「作ったのか?」


「うん!」


「……へぇ」


 レイは少し感心する。


 数日前まで工具もまともに扱えなかったはずだ。


「才能あるじゃん」


「ほんと!?」


「調子乗るなよ」


 そう言いながら頭をぐしゃぐしゃ撫でる。


 カインは嬉しそうに笑った。


 すると周囲の子供たちも集まってくる。


「俺も見て!」


「こっちも!」


「待て待て多い!」


 レイは面倒臭そうな顔をしながら、結局全員の作品を見る。


 エミリーはその様子を見ながら小さく笑っていた。


「……楽しそうですね」


「疲れるだけだぞ」


「はいはい」


 どう見ても楽しんでいた。


     ◇


 その頃。


 王都の貴族街。


 豪奢な屋敷の一室。


「……スラム街の動きが活発化しています」


 黒服の男が報告していた。


 机の向こうでは、肥えた男が不快そうに眉を寄せる。


「ドルーゴ、か」


「はい。炊き出し、工房支援、治安改善……住民からの支持も増えています」


「余計な真似を」


 低い声。


「スラムは貧しいままでいい。余計な希望を与えるな」


 空気が冷える。


「例の件は」


「順調です。“商品”の選別も進んでおります」


「そうか」


 男は薄く笑った。


「近いうちに回収を始めろ」


     ◇


 夕方。


 炊き出しも終わり、広場には穏やかな空気が流れていた。


 レイは簡易椅子へぐったり座り込む。


「疲れた……」


「朝からずっと動いてましたからね」


「俺、ぐうたらしたいだけなんだけど」


「説得力ありません」


 その時。


 少し離れた場所で、アリアがじっと路地裏を見ていた。


「……?」


「どうした?」


「視線確認」


「視線?」


「監視」


 淡々とした声。


 レイの目が細くなる。


 次の瞬間。


 路地裏の気配が消えた。


「逃げたか」


「追跡可能」


「いや、いい」


 レイは小さく息を吐いた。


 スラム街で目立つ活動をしている以上、誰かに見られているとは思っていた。


 だが。


「……嫌な感じだな」


 胸に残る違和感。


 王都地下事件の時に感じた空気と、どこか似ていた。


 レイはそれを振り払うように立ち上がる。


「帰るぞー」


「はい」


「了解」


 夕暮れの王都。


 スラム街の片隅で。


 静かに次の事件の影が動き始めていた。

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