第二十七話 ぐうたら三男、うっかり墓穴を掘る
「……これ、元の術式組んだ奴、日本人だな」
沈黙。
地下研究区画の空気が凍った。
「……にほん、じん?」
エミリーが首を傾げる。
「あっ」
レイの顔が固まった。
やらかした。
完全に口が滑った。
セシリア・レインがこめかみを押さえる。
アルベルト・クロイツは穏やかな笑みのまま、静かにレイを見つめていた。
「興味深い言葉だね」
「いやその」
「ぜひ詳しく聞きたいな」
「帰りたい」
反射だった。
だが逃げられない。
レイは必死に頭を回転させる。
「……古代語の発音です」
「ほう?」
「なんかそんな感じの単語が」
「なるほど」
アルベルトは頷いた。
全然信じてない顔で。
「終わった」
「まだ生きてます」
エミリーが小声で慰める。
「精神が死ぬ」
その時だった。
ゴォォォォォ……!!
封印術式が激しく脈動した。
黒い魔素が吹き上がる。
「教授!」
「術式崩壊します!」
研究員たちが悲鳴を上げる。
レイは即座に切り替えた。
「下がれ!」
空気が変わる。
ぐうたらした雰囲気が消える。
真剣な目。
鋭い魔力制御。
その変化に研究員たちが息を呑んだ。
「レイ様」
「エミリー、防壁」
「はい」
「セシリア、周囲魔素抑制」
「了解」
迷いがない。
三人は既に連携が完成していた。
アルベルトが静かに観察する。
「……なるほど」
そして。
レイは封印術式へ手を触れた。
「これ、術式同士が喧嘩してる」
「喧嘩?」
「現代術式で無理やり継ぎ足したせい」
古代術式。
現代術式。
互換性不足。
結果、内部魔素循環が暴走している。
「誰だこんな修復した奴」
レイが嫌そうに呟く。
すると研究員の一人が小声で答えた。
「……第二研究班です」
「うわ絶対無茶した」
「実際かなり強引でした……」
レイは頭を抱えた。
研究者あるあるである。
「とりあえず組み直す」
「可能なのかい?」
アルベルトが聞く。
「できる」
レイは右手をかざした。
青白い光。
古代魔語が空中へ浮かぶ。
周囲の研究員たちがざわめいた。
「なっ……」
「無詠唱……?」
「いや違う、あれは――」
レイは集中していた。
封印術式。
構造解析。
魔素循環。
全部が頭へ流れ込む。
「……やっぱこれ作った奴、日本語理解者だ」
「また言いましたね」
セシリアが小声で突っ込む。
「あっ」
二回目だった。
レイは遠い目になる。
「もうダメかもしれん」
「諦めないでください」
だが今はそれどころではない。
封印術式が限界を迎える。
ピシィッ!!
亀裂。
黒い魔素が噴き出した。
研究員たちが悲鳴を上げる。
「レイ様!」
「――黙れ」
瞬間。
レイの声と共に空間が静止した。
『固定』
古代魔語。
膨大な魔力。
暴走しかけた術式が一瞬で停止する。
研究員たちが絶句した。
「……は?」
「封印を止めた?」
「ありえない……」
アルベルトだけが静かにレイを見ていた。
まるで。
確信を深めるように。
レイはそのまま術式を書き換える。
『循環』
『安定』
『再接続』
古代魔語が連続展開。
崩壊寸前だった封印が再構築されていく。
そして。
ゴォォォ……。
黒い魔素が静かに沈静化した。
地下空間が静まり返る。
誰も声を出せなかった。
「……終わり」
レイが肩を回す。
疲れた。
非常に疲れた。
「帰って寝たい」
本音だった。
研究員たちは呆然としている。
現代最高峰の研究者たちでも制御不能だった術式。
それを。
目の前の地方貴族三男が、数分で修復した。
しかも。
まるで内容を理解しているように。
「……レイ君」
アルベルトが静かに口を開く。
「君は、一体何者なんだい?」
レイは数秒黙り込み。
そして。
「ぐうたら貴族です」
真顔で答えた。
地下研究区画の空気が、微妙な沈黙に包まれた。




