第二十二話 ぐうたら三男、面倒な匂いを嗅ぎ取る
「ぜひ一度、君と話してみたかった」
中央研究院・古代魔術学部門責任者。
アルベルト・クロイツは穏やかな笑みを浮かべていた。
柔和。
知的。
物腰も柔らかい。
傍から見れば理想的な学者だ。
だが。
(……なんか嫌な感じするな)
レイは内心で警戒していた。
理由は勘。
だが転生してからの勘はわりと当たる。
「どうも」
とりあえず曖昧に返す。
アルベルトは興味深そうにレイを見る。
「アストラ遺跡の件、報告書を読ませてもらったよ」
「盛られてません?」
「むしろ簡略化されているくらいだ」
「やめてほしい」
レイは本気で嫌そうだった。
隣でエミリーが小声で呟く。
「もう諦めた方が楽ですよ」
「嫌だ」
アルベルトは少し笑う。
「君は噂と随分印象が違うね」
「よく言われる」
「もっとこう……野心家かと思っていた」
「働きたくないです」
「……なるほど」
一瞬、アルベルトが言葉に詰まった。
本気らしい。
その時。
先ほどの若手貴族たちが不満げに口を挟む。
「教授、この男をそこまで評価する必要が?」
「地方貴族でしょう」
「偶然遺跡へ入れただけでは?」
レイは(帰りたいなぁ)と思っていた。
すると。
アルベルトが静かに微笑む。
「偶然で封鎖遺跡は攻略できないよ」
柔らかな口調。
だが空気が少し冷えた。
若手貴族たちが押し黙る。
「……失礼しました」
彼らは慌てて去っていった。
レイがぼそりと呟く。
「怖」
「教授は王都でもかなり影響力がありますから」
セシリアが小声で説明した。
アルベルトは苦笑する。
「そんな大したものじゃないよ」
「絶対大した人のやつ」
レイはじっとアルベルトを見る。
魔力制御。
所作。
観察眼。
かなりの実力者だ。
少なくとも普通の研究者ではない。
「……レイ君」
「はい?」
「もし良ければ、後日研究院へ来ないか?」
来た。
レイの脳内警報が鳴る。
「古代魔語についてぜひ意見交換したい」
「いやぁ……」
「もちろん強制ではないよ」
「行きたくないなぁ……」
素直だった。
エミリーが頭を抱える。
セシリアは苦笑。
だがアルベルトはむしろ楽しそうだった。
「ははは。面白い子だ」
「面倒事の匂いするので」
レイは真顔だった。
「ほう?」
「研究者の“ぜひ話したい”って大体ろくなことない」
前世知識込みの偏見である。
だがかなり正しい。
アルベルトは少し目を細めた。
「鋭いね」
「否定しないんだ」
その瞬間。
ゴォォン――。
城内へ鐘の音が響いた。
「謁見開始の合図ですね」
セシリアが告げる。
レイの顔が一気に死ぬ。
「あー……」
「逃げます?」
「逃げられる?」
「無理ですね」
「だよなぁ……」
アルベルトが微笑む。
「ではまた後で」
そう言い残し、去っていく。
レイはその背を見ながら呟いた。
「……絶対なんか知ってる」
「私もそう思います」
セシリアが静かに同意した。
中央研究院。
古代魔語研究。
アストラ遺跡。
そして王都で続く変異事件。
確実に何かが繋がっている。
レイは深くため息を吐いた。
「ほんと、面倒な場所来ちゃったなぁ……」
だが。
ぐうたら三男に、もう後戻りはできなかった。




