第十七話 ぐうたら三男、現実逃避する
「行きたくない」
朝食の席で、レイは死んだ魚のような目をしていた。
「まだ言ってるんですか」
エミリーが紅茶を置く。
いつもの朝。
いつもの屋敷。
だが違うのは、机の端へ積まれた大量の書類だった。
全部、王都からの召喚状である。
「だって王都だぞ?」
「はい」
「絶対面倒」
「知ってます」
「貴族いっぱい」
「いますね」
「仕事いっぱい」
「でしょうね」
「嫌だ」
エミリーは慣れた様子でパンを切り分けた。
「なお、本日で召喚状は六通目です」
「増えてる!?」
「先日は“至急”の文字が三倍になっていました」
「圧が強い」
レイは本気で逃げたかった。
だが王都からの使者は既に何度も来ている。
そのたびレイは。
『風邪』
『寝不足』
『魔力酔い』
『領地視察』
『犬が懐いたので離れられない』
などの理由で回避していた。
ちなみに最後は本当だった。
「いつまで逃げられると思ってるんです?」
「あと半年くらい」
「無理ですね」
その時。
屋敷の外が騒がしくなる。
「ん?」
窓を見ると、子供たちが走り回っていた。
「ドルーゴ様だー!」
「新しい魔道具きたぞ!」
「あー……今日配布日か」
レイは思い出した。
最近、ドルーゴ名義で新型生活魔道具を流している。
魔力式浄水器。
簡易保温箱。
低価格照明。
特にスラム街向けへ大量供給していた。
「また利益度外視してますね」
「生活環境改善は大事」
「表向きぐうたら貴族なのに」
「世を忍ぶ仮の姿だから」
「隠せてませんけどね」
レイ本人だけが気づいていない。
◇
夜。
レイは黒ローブ姿へ変わっていた。
謎の錬金術師ドルーゴ。
今夜はスラム区画の巡回である。
「ドルーゴ様!」
「この前の暖房具すげぇ助かってる!」
「子供の病気減ったんだ!」
「そりゃ良かった」
レイは軽く手を振る。
周囲の住民たちの顔色は以前より明るい。
治安も改善した。
仕事も増えた。
理由は単純。
レイが魔道具産業を無理やり作ったからである。
「働ける人間増えれば街も回るしな」
「レイ様って時々国家運営みたいなことしますよね」
隣でミリーエ姿のエミリーが呟く。
「やりたくてやってない」
「説得力ないです」
その時。
ギルド職員が慌てて走ってきた。
「ドルーゴ様! 急ぎの報告が!」
「ん?」
「例の資料なんですが……」
レイの顔が少し真面目になる。
アストラ遺跡から持ち出した資料。
現在、極秘で解析を進めていた。
「何かわかった?」
「はい。研究記録の一部に“王都中央研究院”の記述が」
空気が変わる。
「……王都?」
「古代魔語研究資料が定期的に送られていたようです」
レイとエミリーが顔を見合わせた。
「つまり」
「黒幕、王都側に研究拠点持ってる可能性があります」
レイは深くため息を吐いた。
「……あー」
「レイ様?」
「行きたくないけど」
頭を掻く。
「行かないとダメなやつだこれ」
エミリーが苦笑した。
「ですよねぇ」
レイは空を見上げる。
王都。
面倒。
絶対面倒。
だが。
放置するともっと面倒になる。
「はぁ……」
こうして。
ぐうたら三男坊は。
ついに観念し始めていた。
いったん王都へ向かう方向で進んでみます!




