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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
5章

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第百十七話 ぐうたら三男、故郷を想う

 翌朝。


 暗黒地域の朝は妙だった。


 空は明るい。


 だが空気が薄暗い。


 侵食粒子が光を乱反射しているせいで、世界全体が僅かに灰色がかって見えるのだ。


 レイは簡易寝台の上で目を開けた。


「……眠い」


 第一声がそれだった。


 当然である。


 疲労は取れていない。


 むしろ増えている気すらする。


 しかも昨夜、地下都市管理補助機構――あの青白い光球が、夜中に突然話しかけてきた。


『管理者へ定期報告を開始します』


「今!?」


『地下第二層封鎖率低下』


「明日にして!」


 というやり取りが三回あった。


 寝不足である。


「おはようございます」


 天幕を開けてエミリーが入ってくる。


 既に起きていたらしい。


 というか、たぶん皆起きている。


「朝食できてますよ」


「神」


「そこまでですか?」


「今の俺にはそれくらい価値ある」


 レイは重い身体を起こした。


 外へ出る。


 朝の冷たい風。


 焚き火の匂い。


 簡易拠点では騎士達や調査班が既に動き回っていた。


 完全に前線基地化している。


 嫌な現実だった。


 朝食は硬いパンとスープだった。


 だが温かい。


 それだけでかなり違う。


 レイはぼんやり食べながら周囲を見る。


 崩壊した監視塔。


 侵食で黒ずんだ大地。


 遠くには地下都市外壁の一部まで見えていた。


 巨大だった。


 改めて見ると意味が分からない規模である。


「……なんで地下にあんなもん埋まってんだ」


「古代文明だからね」


 教授が当然みたいに言う。


「説明になってない」


「私もそう思う」


 教授自身も理解しきれていないらしい。


 その時。


 青白い光球がふわりと飛来した。


『おはようございます管理者』


「おはようしたくない」


『健康状態低下を確認』


『睡眠不足です』


「誰のせいだと」


『不明』


「お前だよ」


 光球は少し沈黙した。


 妙に律儀だった。


 教授が興味深そうに観察する。


「人格補助型か……」


「これ人格あるの?」


『あります』


「うわ」


 レイは少し引いた。


 光球はそのまま続ける。


『地下第二層封鎖維持率低下中』


『未確認侵入反応増加』


『管理対応を推奨します』


「朝から重い」


 本当に重かった。


 セシリアが資料片手に近付いてくる。


 こちらも既に仕事モードである。


「追加報告です」


「聞きたくない」


「聞いてください」


 いつもの流れだった。


「昨夜から周辺探索者がさらに増加しています」


「あと王都側から正式調査団派遣申請」


「貴族連盟から共同管理提案」


「商会連合から流通復旧支援案」


 レイは静かにスープを飲んだ。


 現実逃避である。


 だが逃げ切れない。


「……全部面倒」


「はい」


 セシリアも疲れた顔だった。


 完全に業務量が限界突破している。


 そこへさらに。


 騎士が駆け込んできた。


「報告!」


 全員の空気が引き締まる。


「暗黒地域外縁部に新規ダンジョン発生を確認!」


「……はい?」


 レイの顔が死んだ。


 騎士は地図を広げる。


「旧農業地帯跡地です!」


「侵食残滓集中と同時に地形変動を確認!」


「内部から魔物出現も始まっています!」


 教授が眉をひそめた。


「残留侵食流が地下都市影響で偏ったか」


「つまり?」


 レイが聞く。


「地下都市起動の余波だろうね」


「ほんとさぁ……」


 問題が連鎖している。


 侵食根幹は止まった。


 世界滅亡は回避された。


 だが。


 残された傷跡が大きすぎる。


 今後の世界は、“後始末”の時代になる。


 その最前線がここだった。


「ダンジョン規模は?」


 セシリアが確認する。


「現時点では中規模推定!」


「ただし内部反応が異常です!」


「異常?」


「古代構造物反応あり!」


 全員が無言になった。


 レイはゆっくり顔を覆う。


「……また古代文明?」


「可能性高いですね」


「もう嫌だぁ……」


 本気の声だった。


 だが。


 避けられない。


 放置すれば魔物が溢れる。


 避難区にも被害が出る。


 つまり。


「行くしかないかぁ……」


 レイは重い声で立ち上がった。


 エミリー達も自然に準備へ入る。


 もう慣れてしまっていた。


 暗黒地域。


 ダンジョン災害。


 古代文明。


 領地問題。


 面倒事は次々やってくる。


 それでも。


 レイは前へ進くしかない。


 ここはもう、自分の故郷なのだから。


 新規発生したダンジョンは、旧農業地帯跡地に存在していた。


 かつては麦畑が広がっていた場所だ。


 緩やかな丘陵。


 用水路。


 風車。


 のどかな田園地帯。


 ――だった場所。


 今は黒ずんだ大地へ変わっていた。


 侵食で枯れた作物。


 崩れた石造倉庫。


 歪んだ風車。


 静かな廃墟だった。


「……ここ、昔は結構好きだったんだけどな」


 レイがぽつりと漏らす。


 馬車で通るたび、パンの匂いがした。


 秋になると麦色が綺麗だった。


 領民達ものんびりしていて、昼寝しやすい場所だった。


 今は見る影もない。


 空気が重い。


 侵食残滓がまだ濃いのだ。


 そして。


 その中心。


 地面が大きく裂けていた。


 巨大な縦穴。


 周囲には黒い結晶が林立し、内部から冷たい風が吹き上がっている。


 暗い。


 底が見えない。


「……うわぁ」


 レイが露骨に嫌そうな声を出す。


「見るからにダンジョン」


「実際ダンジョンです」


 セシリアが真顔で返した。


 騎士団は周囲封鎖を進めていた。


 既に何体か魔物が出現しているらしい。


 幸い、まだ大規模氾濫ではない。


 だが放置は危険だった。


「内部魔力流、かなり不安定だね」


 教授が縦穴周囲を観察する。


「地下都市起動の影響を強く受けている」


「つまり?」


「普通のダンジョンじゃない可能性が高い」


「知ってた」


 レイは遠い目をした。


 最近そればっかりである。


 普通じゃない。


 危険。


 古代文明。


 侵食。


 嫌な単語しか聞いていない。


 その時。


 青白い光球がふわりと前へ出た。


『地下反応照合開始』


『……一致率上昇』


 全員がそちらを見る。


『当該地点は旧地下都市外部物資搬入区画と推定』


「は?」


 レイが嫌そうな顔をする。


「また地下都市関係?」


『肯定』


『地上崩壊により搬入路がダンジョン化した可能性があります』


 教授が頭を抱えた。


「なるほど……」


「侵食残滓と古代施設が融合したのか」


「最悪の混ざり方だねこれは」


 レイは深くため息を吐いた。


「つまり?」


「探索必要」


「帰りたい」


『拒否権は存在しません』


「お前最近冷たくない?」


『通常運転です』


 光球は妙に淡々としていた。


 セシリアが資料をめくる。


「現在確認されている魔物は低〜中級個体のみ」


「ですが内部深度は不明です」


「騎士団単独投入は危険かと」


 つまりいつもの流れだった。


 レイが行く。


 そういう話である。


「……ほんと領主って何」


「責任職です」


 セシリアが即答した。


 レイは空を仰ぐ。


 侵食粒子で薄暗い空。


 昔の青空が恋しかった。


「まぁ、行くか」


 静かな声だった。


 エミリー達が頷く。


 既に装備確認は終わっている。


 完全に慣れていた。


 一行は縦穴へ近付く。


 内部から冷気が吹き上がる。


 侵食臭。


 古代魔力反応。


 嫌な空気が混ざっていた。


 レイは縁から下を覗く。


 暗闇。


 遥か下に、微かな青白い光が見えた。


「深いなぁ……」


『深度推定、地下第四層相当』


「聞きたくなかった」


 その時。


 縦穴内部から音が響いた。


 ガリ……ガリ……


 何かを削るような音。


 全員の空気が変わる。


 次の瞬間。


 黒い影が壁面から飛び出した。


 蜘蛛型。


 だが全身が侵食結晶で覆われている。


 しかも異様に大きい。


「うわ」


 レイが嫌そうに呟く。


「虫系はちょっと……」


 蜘蛛型魔物は威嚇音を上げながら突進する。


 だが。


 レイは片手を上げるだけだった。


『固定』


 空間停止。


 巨大蜘蛛が空中で静止する。


 続けて。


『分解』


 黒い光が走る。


 蜘蛛型魔物は一瞬で粒子化し、そのまま風へ消えた。


 静寂。


 騎士達が若干引いた顔をしている。


 最近毎回これである。


 レイ本人だけが普通に嫌そうだった。


「増えそう?」


 教授へ聞く。


 教授は縦穴内部を観察して答えた。


「かなり」


「内部に巣化反応がある」


「つまり?」


「大量発生の可能性」


「帰る」


「駄目です」


 セシリアが即答した。


 レイは本気で帰りたそうだった。


 だが。


 放置すれば被害が出る。


 それが分かっているから、結局行くしかない。


 レイは小さく息を吐く。


「……潜るか」


 静かな声だった。


 暗黒地域の風が吹く。


 その下。


 新たなダンジョンの闇が、静かに口を開けていた。


 ダンジョン内部は静かだった。


 不気味なくらいに。


 レイ達は崩落した搬入用昇降路を降下しながら、慎重に地下へ進んでいた。


 周囲の壁面には古代金属が露出している。


 そこへ侵食結晶が絡み付き、異様な光景を作っていた。


 青白い古代光。


 黒紫の侵食結晶。


 文明と侵食が混ざり合っている。


「……趣味悪いなぁ」


 レイがぼそりと呟く。


 足場は不安定だった。


 元は搬入路だったのだろう。


 巨大レールや昇降装置の残骸が各所に残っている。


 だが現在は崩壊し、侵食結晶が地面を侵していた。


「空間歪曲あり」


 アリアが静かに報告する。


「内部構造が変動しています」


「ダンジョン化の影響ですね」


 セシリアが周囲を警戒しながら言う。


 教授は完全に研究者モードだった。


「興味深い……」


「古代搬入区画そのものが侵食残滓と融合している」


「半自律型迷宮へ変質している可能性が高い」


「つまり?」


 レイが聞く。


「歩くたび構造が変わる」


「最悪」


 本当に最悪だった。


 レイは眠そうな顔のまま周囲を見る。


 空気が重い。


 侵食濃度自体は致命的ではない。


 だが妙に気配が悪かった。


 地下全体が“生きている”感じがする。


 その時。


 青白い光球が前方へ移動した。


『進路補正開始』


『旧搬入ルートを検索』


「そんなことできるの?」


『管理補助機構ですので』


「便利だなぁ……」


 少しだけ見直した。


 だが。


『ただし成功率三十二パーセント』


「やっぱ駄目だなこれ」


 光球は少し沈黙した。


 微妙に感情がありそうで怖い。


 一行はさらに下層へ進む。


 やがて。


 視界が開けた。


「……おぉ」


 エミリーが小さく声を漏らす。


 巨大空間だった。


 地下とは思えない広さ。


 古代搬入港のような場所らしい。


 巨大搬送レール。


 積載装置。


 崩れた古代コンテナ。


 そして天井近くまで伸びる巨大柱群。


 だが。


 その大半が侵食結晶に覆われている。


 黒紫色の結晶群が脈動し、空間全体を不気味に照らしていた。


「侵食の巣になってるな」


 教授が険しい顔で言う。


「地下都市エネルギー残滓を吸って成長している」


「つまり放置駄目?」


「かなり駄目」


 レイは深くため息を吐く。


 また仕事だった。


 その時。


 アリアが前へ出る。


「反応」


 全員の空気が変わる。


 直後。


 結晶群の奥から、無数の赤い光が点灯した。


 カチ、カチ、と金属音が響く。


「……あー」


 レイは嫌そうな顔になる。


 蜘蛛だった。


 大量の。


 侵食結晶と古代金属が融合した異形蜘蛛群。


 壁。


 天井。


 地面。


 至る所に張り付いている。


 しかも数が多い。


「ほんと虫系嫌なんだけど」


「気持ちは分かります」


 セシリアも若干引いていた。


 蜘蛛群は一斉に動き出す。


 金属脚が壁を削る音。


 赤い光眼。


 侵食液の滴る牙。


 かなり気持ち悪い。


「来ます!」


 エミリーが叫ぶ。


 直後。


 蜘蛛群が雪崩のように襲い掛かった。


 レイは片手を上げる。


『固定』


 空間停止。


 前列蜘蛛群がまとめて空中静止する。


 だが。


 後方は止まらない。


 数が多すぎた。


「うわ多い!」


 レイが嫌そうに叫ぶ。


 アリアが高速で前へ出る。


 黒刃が閃く。


 蜘蛛数体が両断される。


 エミリーとセシリアも迎撃へ入った。


 火花。


 魔力光。


 侵食液。


 地下空間へ戦闘音が響く。


 教授は後方で叫ぶ。


「結晶核を狙え!」


「中心部が弱点だ!」


「もっと早く言え!」


 レイは前方へ踏み出す。


 古代魔力が周囲へ広がる。


 そして。


『分解』


 黒い波紋が空間を走った。


 瞬間。


 前方蜘蛛群がまとめて崩壊する。


 侵食結晶ごと粒子化し、霧のように消えていく。


 だが。


 奥。


 さらに暗い搬入区画深部から、低い振動音が響いた。


 ゴゴ……と。


 重い。


 嫌な音。


 教授の顔色が変わる。


「待て」


「今度は何」


「母体反応だ」


 レイの顔が死んだ。


「聞きたくなかった」


 次の瞬間。


 巨大結晶塊が奥で砕けた。


 そして。


 その中から、“それ”は現れた。


 巨大だった。


 蜘蛛型。


 だがサイズがおかしい。


 搬入路天井近くまで届いている。


 古代金属外殻。


 侵食結晶融合体。


 腹部には青白い古代炉心が脈動していた。


「…………」


 レイは数秒黙る。


 そして。


「ほんと休ませてくれないなぁ……」


 本気で疲れた声だった。


 巨大蜘蛛はゆっくりと姿を現した。


 重い金属音。


 侵食結晶が擦れる嫌な音。


 巨大脚が地面へ突き刺さるたび、地下搬入区画全体が揺れる。


 天井近くまで届く異形。


 もはや魔物というより災害だった。


「……でかすぎない?」


 エミリーが思わず呟く。


 教授は険しい顔で観察している。


「古代搬入管理機構と侵食母体が融合した個体だ」


「半機械型侵食変異種だね」


「つまり?」


 レイが聞く。


「非常に面倒」


「知ってた」


 レイは遠い目をした。


 最近そればかりである。


 巨大蜘蛛の腹部では、青白い炉心が脈動していた。


 侵食粒子がそこへ吸い込まれている。


 嫌な予感しかしない。


 光球が即座に警告を発する。


『危険反応確認』


『旧搬入管理核が侵食汚染されています』


『炉心暴走率上昇中』


「最近暴走多くない?」


『環境が劣悪ですので』


「お前ちょいちょい辛辣だな」


 その瞬間。


 巨大蜘蛛の赤い光眼が一斉に点灯した。


 次の瞬間。


 轟音と共に巨大脚が振り下ろされる。


「散開!」


 レイが叫ぶ。


 床が砕ける。


 衝撃波で侵食結晶が吹き飛び、搬入区画全体へ破片が散乱した。


 巨大蜘蛛はさらに口部を展開する。


 内部で青白い光が収束。


「ブレス系!?」


 セシリアが叫ぶ。


 直後。


 極太の侵食光線が薙ぎ払われた。


 搬入レールが蒸発する。


 古代コンテナが爆散。


 地下空間が揺れる。


「火力まで高いの!?」


「古代炉心融合型だからね!」


 教授が叫ぶ。


「嬉しそうに言うな!」


 巨大蜘蛛がさらに前進する。


 脚部が地面へ侵食液を撒き散らしていた。


 床が溶ける。


 かなり危険だった。


「レイ様!」


 エミリーの声。


 レイは小さく息を吐いた。


 眠い。


 疲れている。


 帰りたい。


 だが。


 放置はもっと面倒になる。


「……あーもう」


 前へ出る。


 古代魔力が静かに広がる。


 巨大蜘蛛がレイを認識した。


 複数の光眼が一斉に向く。


 次の瞬間。


 全脚が同時に動いた。


 超高速突進。


 巨体に似合わない速度。


「速っ」


 レイは即座に片手を上げる。


『固定』


 空間停止。


 巨大蜘蛛の前半身が空中で凍り付く。


 だが。


 止まり切らない。


 外殻から侵食粒子が噴き出し、強引に空間拘束を軋ませていた。


「うわ」


 レイが嫌そうな顔になる。


「力押ししてきた」


「侵食炉心が抵抗している!」


 教授が叫ぶ。


「完全停止は難しい!」


「ほんと面倒だなこれ!」


 巨大蜘蛛が拘束を破ろうと暴れる。


 空間が歪む。


 侵食粒子が荒れる。


 地下空間全体が軋み始めていた。


「レイさん!」


 セシリアが叫ぶ。


「このままだと空間崩落します!」


「だろうなぁ!」


 レイは舌打ちした。


 単純破壊は危険。


 炉心暴走の可能性がある。


 つまり。


 精密制御が必要。


「……めんどくさい!」


 本音だった。


 だが。


 やるしかない。


 レイは静かに目を閉じる。


 古代術式構造を読む。


 侵食流。


 炉心循環。


 管理核。


 全部が見える。


 頭痛が走る。


 だが。


 掴めた。


「そこか」


 レイは巨大蜘蛛の胸部――古代炉心接続点へ視線を向けた。


 そして。


 静かに言葉を紡ぐ。


『侵食切離』


 空気が震えた。


 次の瞬間。


 巨大蜘蛛全身へ青白い光が走る。


 侵食結晶が軋む。


 黒紫色の侵食流が、強制的に炉心から引き剥がされ始めた。


 巨大蜘蛛が絶叫じみた振動音を放つ。


 地下全体が揺れる。


「効いてる!」


 エミリーが叫ぶ。


 だが。


 侵食側も抵抗する。


 黒い靄が暴風のように噴き出した。


 拘束術式が軋む。


 レイの額へ汗が滲む。


 重い。


 かなり無理をしていた。


「レイ様!」


「大丈夫……!」


 全然大丈夫ではない。


 だが。


 ここで止めるわけにはいかなかった。


 レイはさらに魔力を流し込む。


『分離』


 瞬間。


 巨大蜘蛛腹部の侵食結晶が、一気に砕け散った。


 黒紫色の侵食塊が炉心から吹き飛ぶ。


 同時に。


 巨大蜘蛛全身から力が抜けた。


 脚部停止。


 光眼消失。


 巨体がゆっくり崩れ落ちる。


 轟音。


 地下搬入区画へ静寂が戻った。


「……終わった?」


 エミリーが息を吐く。


 教授が慎重に観察する。


「いや」


「炉心は生きてる」


「まだあるの!?」


「ただし侵食分離には成功した」


 レイはその場でふらついた。


 頭痛が酷い。


 古代術式精密干渉の負荷が重すぎる。


 エミリーが即座に支える。


「また無茶しましたね」


「最近ずっと無茶」


 本音だった。


 その時。


 停止した巨大蜘蛛炉心が、淡い青白い光を放つ。


 そして。


 静かな機械音声が地下空間へ響いた。


『……搬入管理個体、正常化確認』


 全員が固まる。


 レイだけが死んだ目をした。


「……嫌な予感しかしない」

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