第百十五話 ぐうたら三男、動き出す
夜。
避難区は静かだった。
昼間は騒がしかった天幕群も、今は灯りがぽつぽつと残る程度である。
炊き出しも終わり。
子供達の声も消え。
聞こえるのは風の音と、遠くの見張り騎士達の足音くらいだった。
レイは避難区外縁の柵にもたれ、ぼんやり夜空を見上げていた。
星はよく見える。
王都中心部より、こちらの方が空が広かった。
少しだけ故郷に近い。
「こんなとこにいたんですね」
後ろからエミリーの声がする。
レイは振り返らない。
「眠れない」
「珍しいですね」
「最近ずっと珍しいことばっか起きてる」
その通りだった。
世界侵食停止。
白銀都市。
故郷壊滅。
暗黒地域。
領主就任。
情報量が多すぎる。
脳がまだ追いついていない。
エミリーはレイの隣へ立った。
静かな夜風が髪を揺らす。
「怖いですか?」
不意の問いだった。
レイは少し考える。
「……分かんない」
正直な返答だった。
「実感ない部分もまだあるし」
「でも、帰る場所なくなったって考えると」
そこで言葉が止まる。
胸の奥が妙に重い。
静かな喪失感。
少しずつ広がっている。
「……変な感じする」
エミリーは何も急かさなかった。
ただ静かに隣にいる。
その空気がありがたかった。
「でもまぁ」
レイは小さく息を吐く。
「みんな生きてたしな」
「はい」
「それだけは本当に良かった」
それが本音だった。
もし。
もし家族や領民まで失っていたら。
今の自分はもっと壊れていた気がする。
風が吹く。
夜は少し冷えていた。
避難区の灯りが遠く揺れている。
レイはその光景を見ながらぼんやり思う。
故郷は土地だけじゃない。
人がいる場所だ。
だから。
まだ終わっていない。
「……戻せるかな」
ぽつりと漏れる。
エミリーは静かに答えた。
「戻しましょう」
迷いのない声だった。
「レイ様一人では無理でも」
「皆でならできます」
レイは少し笑う。
「重い仕事押し付けられてる気しかしないんだけど」
「今更ですね」
「否定しないなぁ」
エミリーも少しだけ笑った。
その時。
後方から足音が近付いてくる。
「いましたか」
セシリアだった。
相変わらず資料を抱えている。
「まだ仕事?」
「はい」
「寝ろよ……」
「誰のせいですか」
即答だった。
レイは視線を逸らす。
否定できない。
セシリアは軽く息を吐いてから続けた。
「侵入者情報、追加報告です」
空気が少し変わる。
「旧鉱山地帯内部で複数回、発光現象確認」
「魔力反応も増加傾向」
教授が聞いたら喜びそうな内容だった。
つまり嫌な予感しかしない。
「古代施設系?」
「可能性高いです」
「うわぁ……」
レイは本気で嫌そうな声を出した。
ただの侵入者対応で終わらない気配が強まっている。
「現地騎士団は深部進入を断念」
「侵食濃度上昇が急すぎると」
「まぁ妥当だな」
レイは頷く。
今の旧ゴールド地方は危険すぎる。
普通の騎士では対応困難だ。
「結局俺らかぁ……」
「そうなります」
セシリアは完全に慣れた顔で答えた。
レイは夜空を見上げる。
本当に。
ぐうたら生活が遠い。
「昼寝してぇ……」
「現地でしてください」
「侵食地帯で!?」
「冗談です」
「目が笑ってない」
セシリアは軽く咳払いして話を戻す。
「出発は予定通り夜明け前」
「侵食境界到達まで約半日」
「その後、旧鉱山地帯へ向かいます」
「了解」
「恐らく短期戦にはなりません」
「だろうなぁ」
レイは柵から身体を離した。
遠く。
暗黒地域方向を見る。
夜の向こう。
故郷だった場所。
今そこには侵食とダンジョンが広がっている。
だが。
不思議と恐怖は薄かった。
嫌だとは思う。
面倒だとも思う。
でも。
帰りたい気持ちの方が強い。
「……行くか」
静かな声だった。
エミリーとセシリアが頷く。
風が吹く。
夜空の星が揺れる。
そして。
暗黒地域奪還への最初の一歩が、静かに動き始めていた。
夜明け前。
避難区はまだ薄暗かった。
空は群青色。
東の空だけが僅かに白み始めている。
静かな時間だった。
見張りの騎士達が小声で交代し、炊事班が朝の準備を始めている。
冷えた空気の中、レイ達は出発準備を整えていた。
「眠い……」
レイがぼそりと呟く。
当然だった。
結局あまり寝ていない。
精神的疲労も溜まっている。
だが。
今日は行かなければならない。
「馬車で寝てください」
エミリーが荷物確認をしながら言う。
「それだ」
一瞬で目が死んだ魚から戻った。
「やっぱエミリー有能」
「今更ですね」
セシリアが呆れたように返す。
準備自体は既に終わっていた。
今回は少人数だ。
レイ。
エミリー。
セシリア。
教授。
アリア。
それに、避難区側から旧鉱山地帯周辺に詳しい案内役が一人同行する。
大規模部隊は動かせない。
侵食地帯では人数が多いほど足を引っ張るからだ。
父親は避難区入口まで見送りに来ていた。
相変わらず妙に元気である。
「死ぬなよ」
「軽く言うなぁ……」
「死んだら仕事増える」
「親父さぁ」
レイは本気で嫌そうな顔をした。
だが。
その軽口が少しありがたくもある。
重くなりすぎない。
故郷を失った空気を、あえて崩してくれているのだと分かるからだ。
父親はふっと笑う。
「まぁ、お前ならなんとかするだろ」
「雑な信頼やめろ」
「昔からそうだったろ」
レイは少し黙る。
否定はしなかった。
昔から。
気付けば面倒事を押し付けられていた。
そして、なんだかんだ対処してきた。
今回だけは規模がおかしいが。
「レイ様」
老執事が静かに頭を下げる。
「どうかご無理はなさらず」
「無理しないと始まらない気がする」
「否定できませんな……」
老執事も苦笑する。
避難民達も少し離れた位置から見送っていた。
不安そうな顔もある。
期待の混じった顔もある。
その視線を感じながら、レイは小さく息を吐いた。
重い。
責任というものは本当に重い。
ぐうたらしたい人間には特に。
「……行ってくる」
静かな声だった。
避難民達が頷く。
「気を付けてな!」
「無茶するなよレイ坊!」
「ちゃんと寝ろよ!」
「最後余計だろ!」
少し笑いが起きた。
その空気に、レイも少しだけ肩の力を抜く。
完全な絶望ではない。
まだ皆、前を向いている。
だから。
自分も進まなければならない。
馬車が動き出す。
避難区を離れ。
旧ゴールド地方方面へ向かう街道へ入る。
最初のうちは普通の景色だった。
草原。
林。
朝霧。
見慣れた辺境風景。
だが。
進むにつれて空気が変わり始める。
静かすぎる。
鳥の声が減る。
風の匂いも違う。
少しずつ。
侵食の気配が濃くなっていた。
案内役の男が低い声で言う。
「この辺から先は、もう普通じゃありません」
レイは窓の外を見る。
地面の色が僅かに黒ずんでいる。
木々も一部が変質していた。
葉が黒い。
幹が歪んでいる。
侵食残滓。
根幹停止後も残った傷跡だ。
「……ほんとに変わっちまったな」
ぽつりと漏れる。
実感がまた少し増した。
故郷は、本当に壊れたのだと。
教授は興味深そうに外を観察している。
「侵食活性自体は弱まっている」
「だが局地残留濃度が高い」
「完全な終息には時間が必要だろうね」
レイは頬杖をつく。
「時間かぁ……」
復興には長い年月がかかるだろう。
土地浄化。
ダンジョン処理。
街道再建。
避難民帰還。
考えるだけで気が遠くなる。
「帰って昼寝したい」
「まだ出発したばかりです」
セシリアが即座に返した。
「早くない?」
「正常です」
レイは座席へ沈み込む。
だが。
そんな軽口とは裏腹に、全員の空気は少しずつ張り詰めていた。
旧ゴールド地方へ近付いている。
暗黒地域へ。
そして。
その中へ侵入した武装集団へ。
馬車がさらに進む。
やがて。
遠くの地平線に、それは見えた。
黒い。
まるで地面そのものが夜に染まったような色。
空気が歪み。
靄のような侵食粒子が漂っている。
旧ゴールド地方外縁部。
暗黒地域境界だった。
レイは静かにその光景を見つめる。
胸の奥が重くなる。
見慣れた故郷の景色が、そこにはなかった。
「…………」
誰も喋らない。
馬車の揺れる音だけが響く。
レイはゆっくり目を細めた。
「……帰ってきたな」
その声だけが、静かに車内へ落ちた。
馬車は暗黒地域境界手前で停止した。
それ以上は進めない。
街道が崩壊しているからだ。
かつて整備されていた石畳は砕け、巨大な裂け目が走っている。
周囲の木々も侵食で黒ずみ、風景全体がどこか色褪せて見えた。
静かだった。
不自然なくらい。
昔のゴールド地方なら、この辺りでも鳥や虫の声がしていたはずだ。
だが今は風の音しかない。
「ここから徒歩です」
案内役が緊張した声で言う。
レイ達は馬車を降りた。
空気が重い。
侵食濃度自体は白銀都市深部ほどではない。
だが。
“傷跡”としての不気味さがあった。
土地が死にかけている。
そんな感覚だ。
「……嫌な空気」
エミリーが静かに呟く。
アリアも周囲を観察していた。
「侵食活性は低下済み」
「しかし局地魔力循環が乱れている」
「不安定」
教授が頷く。
「恐らく地下施設群の影響だろう」
「根幹停止後、行き場を失ったエネルギーが局所へ偏っている」
「つまり?」
レイが聞く。
「しばらく面倒」
「知ってた」
レイは遠い目をした。
だが。
その視線は自然と遠くへ向かう。
故郷の方向だ。
この先。
さらに奥。
あの辺りに、ゴールド家屋敷がある。
子供の頃から見慣れた丘。
昼寝していた木陰。
よく昼飯を食べていた中庭。
全部、あの先だ。
「…………」
胸の奥が少し痛む。
レイは小さく息を吐いた。
「行くか」
静かな声だった。
全員が頷く。
侵食境界を越えた瞬間。
空気が変わった。
肌へまとわりつくような冷たさ。
視界へ漂う薄黒い粒子。
空間そのものが僅かに歪んでいる。
普通の人間なら長時間滞在は危険だろう。
レイは周囲を見渡す。
そして。
「……マジで変わったな」
ぽつりと漏らした。
知っている景色なのに。
知らない場所みたいだった。
道沿いの風景も壊れている。
黒ずんだ草原。
崩壊した監視塔。
侵食結晶が地面から突き出している場所まであった。
教授が結晶を見て目を輝かせる。
「ほう……自然結晶化か」
「拾うなよ」
「まだ何もしてないだろう?」
「その顔は拾う顔」
教授は否定しなかった。
危険人物である。
一行は慎重に進んでいく。
すると。
遠くから低い唸り声が聞こえた。
全員の動きが止まる。
黒い靄の向こう。
何かがいる。
アリアが即座に前へ出た。
「反応確認」
「大型魔物一体」
直後。
靄の中から巨大な影が飛び出した。
四足獣型。
だが身体の半分が侵食結晶化している。
目は赤黒く濁り、口から黒い霧を漏らしていた。
「うわ」
レイが嫌そうな顔をする。
「朝から元気だなぁ……」
魔物は咆哮し、そのまま突進してくる。
地面が砕ける。
速度は速い。
普通の騎士なら危険な相手だ。
だが。
レイは面倒そうに片手を上げた。
『固定』
古代魔語が響く。
瞬間。
空間そのものが停止した。
魔物の巨体が空中で凍り付く。
慣性すら消えたように完全静止。
周囲へ緊張が走る。
何度見ても異常な術式だった。
レイは眠そうな顔のまま近付く。
「……悪いな」
そして。
『分解』
黒い光が走る。
次の瞬間。
魔物の巨体が音もなく崩壊した。
肉体。
侵食結晶。
内部魔力核。
全てが粒子状へ分解され、風に消えていく。
数秒後。
そこには何も残っていなかった。
静寂。
レイは小さく欠伸する。
「眠い」
「戦闘直後ですよね?」
セシリアが呆れる。
「朝だから」
「理由になってません」
教授は消滅地点を観察していた。
「侵食変異がかなり進んでいたね」
「以前より活性が荒い」
「地下影響が表層魔物へ波及している可能性が高い」
「増えるなぁ問題」
レイはげんなりした。
だが。
戦闘を経て、逆に空気が少し変わる。
皆、改めて理解した。
ここは本当に危険地帯だ。
故郷ではある。
だが同時に、人外領域へ変わりつつある。
その時。
案内役の男が前方を指差した。
「あれ……!」
一同が視線を向ける。
黒ずんだ丘の向こう。
崩れた旧街道付近。
そこに人影が見えた。
黒装備。
複数。
そして。
何か大型の機材を運び込んでいる。
「侵入者か」
レイの目が細くなる。
武装集団はまだこちらへ気付いていない。
だが。
その動きには明確な目的意識があった。
ただの探索ではない。
何かを探している。
あるいは。
起動しようとしている。
嫌な予感が、静かに強まっていった。
一行は即座に身を低くした。
崩壊した岩陰。
侵食で歪んだ樹木。
視界を遮る黒い靄。
幸い地形は隠密向きだった。
レイは岩陰からそっと前方を覗く。
「……十人ちょいか」
黒装備の集団は旧街道跡周辺で作業を続けていた。
統率は取れている。
警戒配置も慣れていた。
素人ではない。
「やっぱ侵食地帯慣れしてるな」
セシリアが小声で言う。
「装備も専用品です」
確かに普通の探索者装備ではなかった。
防護布。
侵食遮断加工。
魔力循環補助具。
かなり高価な品だ。
「金持ってんなぁ……」
レイがぼそりと呟く。
「そこですか?」
「大事だろ」
実際大事だった。
侵食装備は高い。
まともな組織支援なしでは揃えられない。
つまり背後がある。
教授は細めた目で相手を観察していた。
「……遺物回収組織系かな」
「古代技術狙い?」
「可能性は高い」
その時。
集団の一人が大型機材へ何かを接続した。
地面に淡い光が走る。
次の瞬間。
周囲の侵食粒子が僅かに揺れた。
空気が変わる。
教授の顔から笑みが消えた。
「まずい」
「何?」
「あれ、地下構造探査機材だ」
レイが嫌そうな顔をする。
「嫌な名前聞こえた」
「地下施設位置特定をやっている」
「うわぁ……」
完全に当たりだった。
しかもかなり本格的である。
「古代施設狙い確定か」
セシリアが眉をひそめる。
問題だった。
現在の旧ゴールド地方地下施設群は極めて不安定だ。
下手に刺激すれば何が起きるか分からない。
「止める?」
エミリーが静かに聞く。
レイは少し考える。
本音を言えば関わりたくない。
面倒だから。
だが。
放置も危険だった。
「……止めるしかないか」
嫌そうに言う。
その時だった。
探査機材の光が急激に強まる。
同時に。
地面が低く震えた。
全員の顔色が変わる。
「おい」
「まさか」
教授が立ち上がる。
「地下反応増大!」
「施設起動しかけてる!」
レイは即座に舌打ちした。
「最悪!」
直後。
地面が大きく揺れた。
轟音。
崩壊。
旧街道中央部が突然陥没する。
「なっ!?」
黒装備集団側も動揺していた。
地割れが広がる。
侵食粒子が噴き上がる。
そして。
地下から、巨大な黒い構造物が姿を現し始めた。
「……は?」
レイが呆然と呟く。
黒金属。
古代文字。
幾何学的構造。
白銀都市で見た古代施設群と酷似していた。
だが。
規模が違う。
もっと大きい。
そして不気味だった。
まるで地中に埋まっていた巨大機械都市の一部みたいだった。
教授の声が震える。
「地下都市級……?」
「なんでそんなもんあるんだよ……」
レイは本気で嫌そうだった。
だが。
現実はさらに悪化する。
施設外壁の一部が赤黒く発光した。
次の瞬間。
周囲の侵食粒子が一気に活性化する。
風景が歪む。
空間振動。
地面から侵食結晶が次々と突き出し始めた。
「暴走する!」
教授が叫ぶ。
黒装備集団も混乱していた。
「停止しろ!」
「制御できません!」
「反応が強すぎる!」
完全に事故だった。
どうやら連中もここまでの規模は想定していなかったらしい。
レイは頭を抱える。
「……なんでこうなる」
「レイ様!」
エミリーの声。
直後。
施設中央部が光った。
そして。
重い駆動音が響く。
ゴゴゴゴ――と。
地中全体が鳴動する。
嫌な予感しかしない。
レイは即座に前へ出た。
「教授」
「解析できる?」
「時間が欲しい!」
「どれくらい」
「最低十分!」
「長い!」
その間にも施設は起動を続ける。
侵食粒子濃度上昇。
魔力流暴走。
周囲空間が不安定化していた。
そして。
施設上部がゆっくり開く。
中から現れたのは――
無数の黒い人影だった。
「……あー」
レイは遠い目をする。
古代自律兵器群。
しかも大量。
白銀都市で見たものより旧式だが、数が多い。
赤い光眼が一斉に点灯する。
次の瞬間。
全兵器が周囲へ敵意を向けた。
「敵味方判定雑すぎるだろ!」
レイが叫ぶ。
そして。
古代兵器群が、一斉に動き出した。
黒い兵器群が地上へ溢れ出す。
重い駆動音。
赤い光眼。
関節部から漏れる黒紫色の魔力光。
形状は人型に近い。
だが人間味は皆無だった。
無機質。
冷たい。
まるで“侵入者排除”だけを目的に作られた機械。
「うわぁ……」
レイが心底嫌そうな声を漏らす。
「白銀都市で見たのより数多い」
「しかも旧式ゆえに制御が荒い!」
教授は若干興奮していた。
「今それ解説してる場合!?」
セシリアが叫ぶ。
直後。
先頭兵器が動いた。
腕部展開。
赤光収束。
「散開!」
レイが即座に叫ぶ。
次の瞬間。
赤黒い閃光が旧街道を薙ぎ払った。
轟音。
爆炎。
侵食粒子を巻き込みながら地面が吹き飛ぶ。
黒装備集団側も巻き込まれていた。
「ぎゃあああ!?」
「防壁展開しろ!」
「無理だ、数が――」
混乱状態だった。
完全に制御不能。
自業自得ではあるが、それどころではない。
兵器群は次々と地上へ現れる。
十。
二十。
三十。
まだ増えていた。
「多い!」
レイが本気で嫌そうな顔になる。
「地下都市級って言ったよな教授!」
「言ったね!」
「なんでそんな軽い感じなんだよ!」
その間にも兵器群が包囲を広げていく。
空間全体へ赤い光線が走る。
侵食結晶が砕け散る。
地面が爆ぜる。
普通の探索者なら即全滅レベルだった。
レイは前へ出る。
眠そうだった目が、僅かに鋭く細まる。
「……めんどくせぇ」
静かな声。
そして片手を上げた。
『停止』
古代魔語が響く。
瞬間。
前衛兵器群が空中で完全静止した。
駆動音すら止まる。
周囲の空気が凍ったような静寂。
黒装備集団側が息を呑む。
「なっ……」
「古代魔導!?」
だが。
止まったのは前列だけだった。
後方兵器群はなおも起動を続けている。
地下施設そのものが半覚醒状態に入っているのだ。
「数多すぎ!」
レイは舌打ちする。
「白銀都市の制御系と違って雑だなこれ!」
「旧世代型だ!」
教授が叫ぶ。
「恐らく地下防衛機構単独運用型!」
「つまり?」
「力押し!」
「最悪!」
兵器群後列が一斉に跳躍した。
高速接近。
アリアが即座に迎撃へ出る。
黒刃が閃く。
一体の腕部が切断される。
だが。
兵器は止まらない。
「侵食融合で耐久上昇」
アリアが淡々と報告する。
「厄介」
「知ってる!」
レイはさらに前へ出た。
空間が軋む。
古代魔力が周囲へ広がる。
そして。
『分解』
黒い波紋が広がった。
直後。
前方兵器群がまとめて崩壊する。
装甲。
内部核。
侵食部位。
全てが粒子状へ還元され、風に消えていく。
だが。
地下施設中央部が再び赤く発光した。
ゴゴゴ、と重い音が響く。
「まだ出るの!?」
セシリアが悲鳴混じりに叫ぶ。
地面がさらに割れる。
地下深部。
そこから、より巨大な反応が上昇していた。
教授の顔色が変わる。
「まずい」
「今度は何」
「中枢級反応だ」
レイの顔が死んだ。
「聞きたくなかった単語ランキング一位来た」
地下施設全体が震える。
侵食粒子濃度急上昇。
空気が重い。
まるで施設そのものが目覚めようとしている。
「連中、何起動しかけたんだよ……」
レイは黒装備集団を見る。
向こうも完全に混乱していた。
「撤退だ!」
「装置を捨てろ!」
「間に合わ――」
その瞬間。
地下から巨大な黒腕が飛び出した。
黒装備の一人を掴み、そのまま地下へ引きずり込む。
絶叫。
血飛沫。
一瞬だった。
空気が凍る。
「…………」
レイの目が細くなる。
地下深部。
まだ何かいる。
しかも。
かなりまずい類だ。
教授が低く呟く。
「防衛管理個体……?」
「は?」
「地下都市級施設には、中枢防衛存在が配置される場合がある」
「今初めて聞いたんだけど」
「私も今確信した」
「やめろよぉ……」
レイは頭を抱えた。
本当に休めない。
だが。
地下から響く駆動音は止まらない。
むしろ。
さらに強くなっていた。
暗黒地域の空気が震える。
黒い靄が渦を巻く。
そして。
巨大な何かが、ゆっくりと地上へ姿を現し始めていた。




